War Is Over

 if you want it

週刊文春の指原莉乃についての記事に想う

週刊文春がAKBで今一番旬のメンバー指原莉乃のスキャンダル記事をを掲載した。

内容は元カレの告白という体裁で、告白者の男性が、2008年頃から2009年頃までAKBのファンだった自分と彼女とが恋愛関係にあったことを赤裸々に綴ったもの。

記事が事実かどうか私には知る由もないし、正直言ってそれほど興味もない。ただ、これを機会に、アイドル(特にAKB)にとってのスキャンダルの意味について少し考えてみたい。

AKBグループのメンバーは加入時に「恋愛禁止条項」なるものにサインさせられるという。メンバー自身がテレビでそう言っていたからたぶん本当なのだろう。

恋愛禁止というのは、ファンにとってAKBを特別な存在としてアピールする要素の一つになっている。ファンがアイドルに持つ幻想を、生々しい契約条項として提示した点が斬新だった。

こういうマニフェストを掲げた以上、違反行為はファンに対する裏切りとして厳しく罰せられることになる(どこかの政党のようにマニフェストを破っても平気でいるわけにはいかない)。

現に何人ものメンバーが、スキャンダル発覚を理由に謹慎や解雇、活動辞退という憂き目に遭っている。

しかし一方で、ファンの多くは、このマニフェストが建前にすぎないことも同時に感じ取っている。80年代、90年代アイドルが後に当時の実態を次々に曝露するようになり、変なリテラシーの向上により、アイドルというものにそんなに幻想を抱かなくなっている。

その結果、AKBではいったん解雇されたメンバーが復活したり、握手会での謝罪などの「禊(みそぎ)」を済ませて活動を再開するという現象が許容されている。

そのへんのさじ加減は、AKBの運営側とファンとの間の微妙な暗黙の了解によって決まっているとしか言いようのないところがある。

今年公開された映画「DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on少女たちは傷つきながら、夢を見る」では、この「スキャンダル〜謹慎〜復帰」という流れさえも一つのショー的な意味合いを持たせられているところまで行っていた。

しかし不思議なことに、これまで本当の主要メンバー(いわゆる神7)が本格的なスキャンダルに見舞われたことはない。それはもはやエンターテイメントとして許容できる枠を超えていてAKBそのものの崩壊につながりかねない。

今回の指原莉乃のケースは、まさに今旬のメンバーを襲ったスキャンダルという点で、AKB史に前例のないものであり、進化するアイドルとしてのAKBが、エンターテイメントの枠をさらに広げることになるのか、その行方が注目される。