対決したのは、いわばディフェンディング・チャンピオンである、五連覇を目指す無敵の強さを誇る羽生善治NHK杯(NHKでは、他のタイトル保持者であっても、優勝者がNHKに出演する際には必ずこう呼ばれる。名人ですらその例外ではない)。
対する、いわば挑戦者は、先日竜王に続く王将位を手にし、棋王奪取も視野に入れている、いまや棋界最強の声も高い渡辺明竜王。
この現将棋界最高のカードを見逃すことはできない。
しかし、結論からいうと、大差での渡辺竜王の完勝に終わった。
この将棋を見た将棋ファンの感想は以下のとおり(2ch調べ)。
・渡辺の自然な指し回しと圧巻の構想力でいつの間にか羽生陣が圧迫され結局は手も足も出せず投了に追い込まれた
・特筆すべきは渡辺の6五歩
あの手に渡辺の天才を見た
渡辺以外には誰も指せない妙手
おかげで羽生は手も足も出せず敗れた
・羽生さんはハードスケジュールだから負けたんだよ!
・羽生さんが必死に紛れを求めようと不思議な手を連発させても
渡辺さんがそんな悪あがき認めませんよと全て咎めてしまって
双方の年齢が逆転したかのような大人と子供の将棋だったな
・渡辺明は羽生の幻術(羽生マジック)にかからないよね。
大抵の棋士は羽生の実績や雰囲気に気圧されて及び腰になってしまったり、
自分を信用できずに羽生を信用してしまって、結果逆転を許してしまうけど、渡辺明は「なにこれ?」と咎める感じ。
もちろん羽生は実力も相当なものだけど、すでに衰退期に入っていて、渡辺明には棋力を 抜かれている気がする。
いやはや、何とも手厳しい声ばかりである。
自分は羽生世代として、史上最高の棋士である羽生氏には、非常に思い入れがある。
誰が何と言おうと、全盛期の羽生の強さに敵う棋士は存在しないし、彼の存在が現代将棋全体のレベルアップに貢献した功績も計り知れない。
何より、自分は勝負師でありながら勝負を超越した求道的かつ清澄とした彼の人格に深い感銘を受け続けている。
以下にそれを示すわずかな例を挙げる。
深浦九段(以下、深浦):僕、アイスクリーム頼みたいんですよ。メニューにも当然あるんでそれを頼みたいんです。それ夢なんですよ。やっぱりいいじゃないですか。冷たくて。もう最終盤とか火照った体をちょっと冷ますって感じで理想的に思うんです。ただ冷たいもの急に入れるとおなか壊しちゃうかなーって、ちょっと競った局面でリスクは負いたくないって。
インタビュアー(以下、イ):でもアイス来たらすぐに食べなきゃだめですよね。
深浦:そうそうそう。僕はずっと思ってて、羽生さんとタイトル戦の時に羽生さんが頼まれてて、僕はシュークリーム頼んでて「あー僕のシュークリームちょっと貧相だな」っと思っちゃったんですけど(笑)
将棋もすごい佳境で、でもアイス運ばれてて羽生さん手つけないんですよ。
途中から羽生さんのアイスクリームが気になってですね、いつ食べるんだろうって盤面みながら、おやつの方みたりして、こっちにちょっと動揺が出てきたんですね。
イ:アイスで動揺(笑)
深浦:10分15分経つごとにアイスクリームが溶け始めてるんですね、対局室も結構暑いですから。
んでドンドンドンドン溶けだして、僕はもう気が気じゃなくて、「アイスクリーム溶けてますよ」って言いたくなるくらいだったんですけど。
そのうち完全に溶けちゃって、もう液状化されてバニラジュースみたいになってんですよ。
でも羽生さんは全然意に介さなくて、「ああこれはもう将棋に没頭してるんだな」と僕も考えるの諦めて将棋のこと考え始めたんですけど、3時30分くらいですかね?やおらに羽生がその器を持って、バニラジュースをズズズッと飲み始めましたね。
あれを見て「今日の将棋はダメだな、負けそうだな」と思いましたね。
過去に、渡辺明との対局においても、同様のエピソードがある。
おやつの時間に、羽生さんはアイスクリームを注文したと。それが700円もするアイスクリームで、
それにも渡辺竜王はびっくり。さらにびっくりは、羽生王座は、そんな高価なアイスクリームを注文しておきながら、一切、手をつけず、一心不乱に指し手を読み続けていること。 渡辺竜王は、アイスクリームが溶けていくのが気になって気になってしょうがない。
渡辺「羽生さんは最後までアイスには手をつけなかったので、あれで、この将棋は負けたと思いました」
彼は、トッププロになってからずっと、自身のブログをほとんど毎日のように更新していて、自分の生活を公私ともにオープンにしている。それだけでなく、タイトル戦の対局予定や、将棋界の動きなど、ファンに対しての情報提供というサービスを忘れない。
間近に迫り大きな話題となっているコンピューターとプロ棋士の本格的な将棋対決も、何年も前に最初に受けて立ったのは渡辺竜王だ。
勝って当たり前、負ければ大ニュースになり、どう考えてもメリットのない、誰もがやりたがらない役目を自ら引受け、結果として見事に勝利した。
羽生さんとは違った意味で、渡辺さんも若くして人格者の貫禄がある。間違いなくこれから数十年間の棋界を背負って立つ人物である。
自分としては、現時点で羽生さんが渡辺さんに完全に追い抜かれたとは思いたくない。
自分が望んでいるのは、今期の名人戦で羽生挑戦者が森内名人から名人位を奪取し、翌年の名人戦に渡辺竜王が挑むという展開である。
森内名人が嫌いなわけではない。むしろ森内さんの誠実な人柄は大好きだが、将棋界のてっぺんをかけた、天下分け目の名人戦をそろそろ見てみたい。
それが実現しなければ、羽生・渡辺の最高の闘いは、あの永世竜王と永世七冠をかけた、2008年の第21期竜王戦ということになるだろう。