昨日「ハムレット」は多義的な解釈を許す芸術作品だと書いたので、その「多義的な解釈」の一つとして珍説を一つ思いつくままに書いてみる。別にこの解釈が絶対に正しいなどと主張するつもりはさらさらないので、ご立腹されないようお願いする。
オフィーリアという登場人物は、「ハムレット」の数少ない女性の一人であり、もう一人は王妃でありハムレットの母ガートルードしかいない。
薄幸な運命をたどるが、本筋(復讐劇)とはあまり関係がないように思われる。ぶっちゃけ、彼女がいなくても「ハムレット」は成立する。
しかし、シェイクスピアはそんなどうでもいい役を、ただ色をつけたいためだけに登場させることはしない。彼女は、実は物語の本質に関わる大変な秘密を抱えていたのだ。
オフィーリアを巡っては不自然なところがいくつもある。
王妃ガートルードはオフィーリアをハムレットの嫁にするつもりだったが(オフィーリアの葬儀の日に彼女自身が明言している)、オフィーリアの父兄はハムレットをあきらめるようしきりに説得している。兄はともかく父ポローニウスの態度が解せない。むしろ将来の王妃にするために後押しするのが普通ではないのか?
ハムレットは、先王ハムレットの亡霊から、クローディアスによる殺害の復讐を命じられた後、オフィーリアのもとを訪ねている。以下オフィーリアが父ポローニアスに報告する台詞。
ハムレット様はわたくしの手首を取ってしっかり握り、
それから腕の長さまでさがり
もう一方の手をこうして眉の上にかざし
わたくしの顔をじっと見つめていました
まるで顔を引き寄せるようにして。しばらくそうしてから、
最後にわたくしの腕を軽く揺すって
ご自分の頭を上下に三度振り、
それからハムレットさまは深いため息をされました、
まるでご自分の身体(からだ)を粉々にして
ご自分の存在を絶とうとするかのようでした。それからわたくしから離れ
頭を肩越しにこちらに向けて
前も見ないで歩いて行き
ドアから出てゆかれました、
最後までわたくしをじっと見ていました。(2−1)
この謎の行動は何を意味するのか。
普通の解釈としては、衝撃的な事実を知らされたハムレットが、懊悩の中で恋人を訪ねるが、遂に心中を打ち明けることができずそのまま立ち去る、というものだろう。
このときすでに「狂気の演技」に入っているとも思える。
これは自分の解釈だが、ハムレットはこの訪問のとき、
先王ハムレットの亡霊とオフィーリアの顔を見比べていたのではないか?
そしてオフィーリアが先王ハムレット(父)の娘であることを見抜いたのではないか?
亡霊の姿を取って表れた先王ハムレットは、一度会ったことのあるホレイショーによれば、
全く、そっくりだ。
野心家のノルウェイ王と一騎打ちをしたときと
同じ鎧を着ていた。
交渉の席で腹をたてて、橇に乗ったポーランド人たちを氷の上に倒した時も、
あのように怒った顔をしていた。
不思議だ。(1−1)
つまり、ハムレットが生まれた日(ノルウェー先王フォーティンブラスとの一騎打ちの日)の若き容貌だったのである。
ハムレットは、亡霊と対面した時、「亡き父と瓜二つだ」とは言っていないことに注意せよ。
ハムレットが見た亡霊は、むしろオフィーリアの容貌を想起させたのである。
「ハムレット」において近親相姦の罪が重く扱われていることには意味がある。
ガートルードとクローディアスは、厳密に言えば近親相姦ではない。二人の間に血のつながりはないのだから。夫の弟と結ばれたというに過ぎない。
しかし、実際には、ハムレットとオフィーリアこそ、兄妹だったのかもしれないのだ。
そう考えれば、ハムレットのオフィーリアに対する嫌悪感と罵倒(「尼寺へ行け」)の意味が理解できる。もちろんオフィーリアには何の罪もないし、ハムレットも知らなかったのだから罪はないのだが。
オフィーリアが先王ハムレットの娘(落胤)であることを知っていたのは、「ハムレット」の登場人物では、ポローニウスだけである。オフィーリアの母親は出てこない。ポローニウスの妻だったのか、そうでないのかも不明である。クローディアスは知っていた可能性がある。
ただし、ハムレット自身、オフィーリアが先王ハムレットの娘であること(つまり自分と血のつながった異母姉妹であること)を完全に確信したかどうか分からない。それは「深刻な疑い」の域を越える物ではなかっただろう。だからこそ、ハムレットの懊悩は一段と深いものになったのである。
気のふれた演技中のハムレットは、ポローニアスに声をかけられて、ポローニアスを「魚屋」と呼んでいる。これは「女郎屋」を表す俗語だと解説する本もある。
ポローニアス:わたしをご存知ですか、殿下。
ハムレット:よく知っているよ、魚屋だろう。
ポローニアス:いいえ違いますよ。
ハムレット:それでは、魚屋のように正直であってほしいものだ。
ポローニアス:正直ですって。
ハムレット:そうだよ、正直なのは、今のこの世では、一万人に一人いるかどうかだがな。
ポローニアス:まったくその通りですね。(2−2)
ハムレットが、城の一室で、母である王妃ガートルードの「近親相姦」の罪をあれほどまでに激しく糾弾したのは(3−4)、自己嫌悪の裏返しではなかったか? 息子の糾弾の最中に亡霊が現れて、「もう少し手を和らげてやれ」とわざわざ言い含めたのは意味深長である。
つづく