INSTANT KARMA

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ささやかだけれど、役にたつこと

村上春樹訳による、『レイモンド・カーヴァー傑作選』(中公文庫)の中の一篇。

『ダンスしないか?』と『大聖堂』という短編が大好きなのだけれど、この『ささやかだけれど、役にたつこと』という短編を読み返して、涙が止まらなくなる。

ストーリーは単純だし、これから読む人の興を削ぐおそれがあるので、敢えて書かないが。。。

この小説の素晴らしさは、最後の段落にある。 誰かのブログの感想で、「この程度で悲しみが癒されることにリアリティーがない」というのを読んだが、作者は決して「癒される」とは書いていないことに注意。 彼は、タイトル通り「役にたつ」としか書いていないのだ。

この原題 A Small, Good thing の Good thing を「役にたつ」と訳した村上春樹は、やはりセンスがあると思う。

レイモンド・カーヴァーの小説は、一見平穏な日常生活の中に潜む「邪悪なもの」(Evil)を描くのが巧い。小市民的生活の欺瞞を暴くようなところもある。

この「ささやかだけれど、役にたつこと」の主人公の夫婦も、ある意味で典型的な小市民といえる。

平穏で満たされた日常生活が、突発的なアクシデントによって、残酷な現実をむき出しにするとき、誰もがこの夫婦のように、衝動的な憎悪と殺意を他者に向けることがある。 しかし、そこで「善きもの Good thing 」の介入、さらに言えば「恩寵」により、憎しみや殺意が中和される、奇蹟的ともいえる瞬間がある。 その一瞬の聖なる化学反応を描いた作品だと思う。