INSTANT KARMA

We All Shine On

国民栄誉賞

今更という気もするけれど、羽生善治竜王国民栄誉賞囲碁井山裕太七冠も同時受賞。

ここ数年のプロ棋士の世界は、コンピューター(AI)の台頭とその余波とも言えるソフト指し疑惑事件(竜王戦)などでその威信が揺らぎまくる気配があった。しかし、昨年の藤井聡太四段の鮮烈なデビュー29連勝により一気にイメージアップを果たした。このタイミングは天の配剤を感じざるを得ない。

さらには年末に羽生善治渡辺明から竜王位を奪取して永世七冠という、将棋史上空前絶後の途方もない記録を打ち立てた。このタイミングでの国民栄誉賞受賞には誰も異論はあるまい。

だが、自分の脳裏には、小さな、しかし決定的な一つの疑問が、生じてこざるを得ない。

コンピューターに勝てないプロ棋士の存在意義とは何なのか?

今の棋士は皆、この深刻な疑問と向き合っていかざるを得ない宿命を背負わされている。

先日、Googleが最強のチェス・将棋AI「Alpha Zero」を発表し、わずか24時間の自己学習で最強AIを上回るというニュースがあった。

AlphaGo Zeroでは人間の棋譜を用いず、AIによる自己対戦のみで強くする「強化学習」が用いられた。AlphaGo Zeroで用いられた手法を「Alpha Zero」という名称で一般化し、チェスと将棋にも適用。24時間の学習の結果、チェスでは既存の最強AIとして知られる「Stockfish」相手に100戦して28勝0敗72引き分け、将棋でも同じく最強AIである「elmo」相手に90勝8敗2引き分けという戦績を残したという。

将棋の歴史は、公式には江戸時代に始まるが、三百年以上の時間をかけて徐々に定跡が進化してきたとされる。しかし、現在の強力なソフトは、人間の作り上げた定跡を無視するかのような手順でプロのトップ棋士に圧勝する実力を持つ。そして、「Alpha Zero」は、人間の棋譜を用いず、ルールをインプットしてからわずか1日の自己学習により、最強ソフトを圧倒した。

羽生は、永世七冠取得後の記者会見において、「(自分には)将棋のことはまだまだ分かっていない」と公言した。これは彼一流の謙遜というだけでは済まされない、現在のリアルな状況認識に基づく彼の本音でもあるだろう。羽生は現在の人工知能研究に関する造詣が極めて高いことでも知られる。

その羽生は、こんな風に語っている。

この問題の最適解答を探してくださいということは人工知能ができても、問題そのものを作れるかというとできません。「こういうジャンルを研究したほうがいい」、「これは将来、社会の役に立つ」というような最初の出発点は人工知能にはできないので、人間が必ずやらなくてはいけない部分です。

ただし、逆に、目的もなくさまざまなことを人工知能にやらせてみて、その中からこれは役に立つんじゃないかというものをピックアップして、深く研究していくという可能性はあります。研究には山ほどテーマがありますから、どこから取りかかっていけばいいかをまず人工知能にやらせて、その結果を人間が見て、ここは鉱脈がありそうだなと絞り込むツールとして人工知能を活用するわけです。

将棋でも、人工知能は脈絡がない作業ができますし、10秒で1局とか大量に対局してくれるので、データは山ほど作ってくれます。そこから何を引っ張って来るかは人間の作業です。

(日本臨床検査技師会発行 季刊誌「ピペット」インタビューより)

この最後の部分、『コンピューターの作る山のようなデータから何を引っ張って来るかは人間の作業」という考え方に、羽生の考えるプロ棋士の存在意義があるといってよいだろう。

今の若手最強棋士の一人である豊島将之八段は、最近のインタビューで「自分の将棋とソフトの将棋は相当に隔たりがあったのですが、最近、うまく重なる感じになってきました」と語っている。ソフトの感覚を自分の中に取り入れて同化した者が勝つという時代になっていくのだろう。

しかしそれなら、ソフト同士の対局と何が違うのか、という話になる。

羽生以降の棋士たちは、結局このテーマと向き合わざるを得ない(結論出ず未完)。