INSTANT KARMA

We All Shine On

2019.2.17

文藝春秋に掲載されている芥川賞作品・町屋良平『1R(ラウンド)1分34秒』を図書館で読む。

面白くて、一気に読んでしまった。文章が素直で好感が持てた。

自意識のドロ沼の葛藤を描いているようでいながら、そこに一種の爽やかさを感じるのは、文体に嘘や気取りがないからだろう。

主人公は自分の実力に限界を感じつつあるプロボクサーで、KO負けした後に病院でCT検査を受けて、「ちいさな出血でもみつかってあらたな人生のフェーズに移行したいというきもちが、まったくないとはいいきれなかった」などと考える。

プロボクサーになったことで実家とは絶縁したが、そのことをまだ後悔はしたことはない。数少ない友人の一人は映像作家志望の男で、主人公を美術館に誘ったり、トレーニングに付き添って彼をテーマにした作品を撮ろうとしていたりする。

試合後にジムをフィットネス体験で訪れた女性二人組のひとりに連絡先を教えて肉体関係を結ぶが、試合前のボクサーの極限的な心理につき合わすことを恐れて無理やり別れる。

次戦のためにトレーナーとして「ウメキチ」がつくことになる。自身もプロボクサーであるウメキチと、互いに打算的で自分のために利用しあうような関係が始まるが、やがて二人の結びつきは濃密さを強めていく。

しかし、地獄のような減量の苦しみ、試合前の底知れない不安に直面するのは常に孤独な作業だ。主人公が試合を前に一人部屋で錯乱的な妄念と戦っている場面で小説は終わるが、この部分の言葉が観念に流れてしまっているという物足りなさを感じないのは、それ以前の、身体感覚や記憶と絡み合った語彙の積み重ねからの必然として、主人公の想念が十分なリアリティを持って迫ってくるからだろう。