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貧しき人びと

車中で『貧しき人びと』を読む。最後の頁だけは読んでいると号泣しそうで怖かったので読まなかった。あとで独りになって読んだらやっぱり号泣した。

世間から侮蔑の目で見られている小心で善良な小役人マカール・ジェーヴシキンと薄幸の乙女ワーレンカの不幸な恋の物語。往復書簡という体裁をとったこの小説は、ドストエフスキーの処女作であり、都会の吹きだまりに住む人々の孤独と屈辱を訴え、彼らの人間的自負と社会的卑屈さの心理的葛藤を描いて、「写実的ヒューマニズム」の傑作と絶賛され、文豪の名を一時に高めた作品である。(新潮文庫裏表紙より)

当時の文壇の大物ネクラーソフがこの作品の朗読を聞いて感動し、夜中にドストエフスキーの自宅に押し掛けて激賞したというエピソードがあるが、この作品を朗読するには少なくとも日本語訳では3時間はかかると思われ、当時のロシア知識人は我慢強かったのかと思う。あちこちで朗読会と言うのがしきりに催されていた様で、この小説の主人公マカール・ジェーヴシキンもちょっとした作家ラタジャーエフの作品の朗読会に参加して、そのことをワーレンカに自慢げに手紙に書いている。一方のワーレンカにとってはそんなことはどうでもよく、マカールの情熱は完全に上滑りしているのだが。

このドストエフスキーの処女作では早くも、小娘に馬鹿にされながらも傅く中年男という永遠のモチーフが確立している。主人公のマカールは47歳だが、当時のドストエフスキーはまだ20歳を超えたばかりだ。この精神的成熟は何なのだろう。

ロゴージンとナスターシャ、ラスコリーニコフとソーニャ、『賭博者』の主人公とポリーナ、ミーチャ・カラマーゾフとグルーシェンカ、などなど、この関係性はドストエフスキー性的嗜好そのものといってよい。そんな彼にとって、45歳になって巡り合った20歳のアンナとの結婚がどんなに幸福なものだったかは想像に難くない。

ツンデレとか寝取られとか、今のコミケや同人誌に出てくるような萌え要素が極端な形で具現化されているのがドストエフスキーの小説だ。『永遠の夫(万年亭主)』なんて究極の寝取られ小説だ。