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ドストエフスキー 転回と障害

福田勝美著『ドストエフスキー 転回と障害』(論創社という本を買って読む。

今年の7月に出たばかりの本だが、今までに読んだドストエフスキー論の中で一番しっくりくる部分が多かった(もっとも、当たり前のことだが、すべての箇所に同意できたわけではない)。

著者独特の用語(「霊的存在」とか「転回」とか「障害」といった)が却って論旨を解りにくくさせている部分もあると思う。著者によれば、「ドストエフスキーはシベリア流刑で<転向>したのではなく<転回>したのだ」というが、単なる言葉の言い換えではないのか。

ドストエフスキーが「転向」したのだという阿保な評者にはそう言わせておけばいいではないか。彼に「転向作家」のレッテルを貼って満足できる程度の知能の持ち主に今更何を言っても無駄なことだ。

本のタイトルにもなっている「転回と障害」の「障害」の意味がこれまたよく分からない。

しかし、分からなくとも、著者の読解に共感するさしたる障害にはならないと思いたい。

『白痴』を論じた箇所、そして『悪霊』のスタヴローギンを論じた章は、出色だと思う。

ただ自分は、ナスターシャ・フィリポヴナとアグラーヤが同程度の造型を与えられているとは思わない(ナスターシャの方がはるかに深い)し、スタヴローギンの造型に聖パウロ使徒書簡の大きな影響があったとも思わない。

カラマーゾフの兄弟』を論じた箇所は、端的に何を言っているのかよく分からなかった。彼は何故か小林秀雄の批評が気に入らないらしく上から目線で再三貶しているが、彼自身もよく分からない断定を結構している(スメルジャコフがイワンに対して下僕意識しかもっておらず、主人から追放されたから自殺するしかなかったとか。まあそういう解釈もあり得るが、スメルジャコフに関してはそんなに単純に割り切れる話ではない。ただし登場人物のうちドミートリイの造型が最も優れていることには同意する。もっともそんなことには誰もが同意するだろう)。

批判が先行したが、全体的には、本を置くこともできず一気に読了するほど大変興味深い内容だった。これほど重厚なドストエフスキー論を発表してくれた著者と、この本を出版してくれた出版社には感謝の念しか起こらない。