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どうだ小林秀雄

鹿島茂『ドーダの人、小林秀雄という本を読んだ。

小林秀雄というのは、「教祖の文学」と呼ばれ、昭和時代には文学の神様のような扱いを受けてきた。その一方、何を書いているのか分からない難解な文章でも有名な人で、にもかかわらず、高校の教科書や大学の入試問題に多用されていた。

丸谷才一という作家が、「小林秀雄の文章は出題するな」とコラムに書いて話題になったこともある。丸谷は、小林の「様々なる意匠」について、「貧弱な内容をごまかすため、無理に勿体をつけてゐる」「血気にはやつて書いた欧文直訳体の悪文」と評している。ただその一方で、「かならずしも小林を非難してゐるわけではな」く、「現代日本の散文の未成熟といふ悪条件のなかで、その悪条件を逆手に取るかたちで新しい文芸評論を完成した」とも述べている。

小林秀雄の文章はすべて、「ドーダ、俺はすごいだろう。ドーダ、マイッタか!」という自己愛の表出にほかならない、という主張がこの本の核心であり、それに尽きているのだが、そのことだけで一冊の本が書けるはずもなく、話題は散り散り広範に及んでいる。

筆者に言わせれば、小林秀雄のような人物は、さしずめ、今の世の中なら、「誰に対してもすぐにマウンティングを取りたがるクソ野郎」ということになるのだろう。今はサブカル知識でマウンティングを取るが、当時は純文学や外国の文学の知識だったというだけの話だ。

小林秀雄ランボーの翻訳と紹介で当時の文学青年に多大な影響を与えた。しかしフランス文学者である筆者によれば、小林秀雄ランボーの翻訳は誤訳が多く、かなりトンデモであったらしい。それでも、というかそれが逆に幸いして、ランボーひいてはその紹介者である小林秀雄について「何だか分からないけど凄い」という印象を与えたのだとか。

面白いと思ったのは、小林秀雄がこれほど支持されたのは、日本人受けする典型タイプの一つ、「ヤンキー体質」の持ち主であったからだという。ヤンキー体質の特徴的な反応の仕方として、

パフォーマティブな出会い → 同調 → 爆発的感銘

というパターンがあり、小林はこれに従って、まさに「ランボーをヤンキー的に解釈した」ために、当時の文学青年たちに「刺さった」のだという。

さらに鹿島は、ヤンキーなるものへの分析を進め、ヤンキーは先輩後輩の関係性が支配する典型的なタテ社会(男社会の特徴)のルールに従う一方で、特定の理念(カルトやファシズム共産主義など)に基づく共同体ではなく、むしろ地縁や血縁を根拠とする「女性型」共同体に属している、と述べる。

すなわち、ヤンキー文化とは、「女性原理のもとで追求される男性性」なのである。この筆者の主張は、精神分析医である斎藤環の説に依拠している。この説の一つの象徴は、映画「キリング・フィールド」の中に唐突に登場する女装した軍人の姿であり、嘉門達夫の「ヤンキーの兄ちゃん」という曲の歌詞、「ヤンキーの兄ちゃんは26ぐらいの足に22.5ぐらいの婦人もんのサンダル履く」である、という。

鹿島の話は、日米戦争の開戦に至る経緯における政府首脳部の「非計画無責任体制」(丸山真男による分析)がアノミー家族社会における「アモック」にほかならない、という分析にまで及ぶが、このあたりは小林秀雄との関係がよく分からない。

要するに、小林秀雄は、その外見とは異なって、明確な論理や一貫した意思という西欧的明晰さとは無縁の存在であり、その内実は非合理で情念に支配される純日本人的(ヤンキー的)人間であるがゆえに日本文学界で支配的な立場に立ちえたのだ、ということか。

ちなみに、鹿島茂は、吉本隆明の信奉者でもあるらしいが、小林秀雄に対する上記のような指摘はそのまま吉本隆明にも当てはまるじゃないか、と呉智英に指摘されている(『吉本隆明という「共同幻想」』)。