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批評の熱度

大井浩一『批評の熱度 体験的吉本隆明論』(勁草書房)を読む。

 

毎日新聞の学芸部記者として1997年から2011年まで吉本に取材し聞き書きの記事をまとめた著書による吉本隆明論。エピソードを中心とした読み物ではなく、著者自身の読書体験に基づく吉本思想への批評である。

 

新聞記者としての職業柄か、バランスの取れた、常識人の目から見た吉本思想が丁寧に書かれているという印象を持った。あえて言えば、著者個人の体験についての記述も含めたその筆致の冷静さは、タイトルにいう「批評の熱度」というものからは遠いといえる。

 

吉本隆明の仕事は1950年代の文学者の戦争責任を鋭く問うた時期が最も熱く、60年代のいわゆる3部作(『言語にとって美とは何か』、『心的現象論序説』、『共同幻想論』)は、その影響力の強さに反比例して内容的には空虚とすらいえ、70年代以降は活動の質と影響力はともにゆっくりと下降線をたどる。80年代の「高度資本主義」、ポストモダン、バブルとその崩壊、その後の「失われた20年」に起きたオウム事件などの社会的迷走において、吉本思想の果たす役割は実質的にはほとんど無に等しかった。

 

このようなもの自分の吉本思想への評価であり、大井氏の著書を読んだ後にもそれを修正する必要は感じない。

 

吉本思想はきわめて当時の社会情勢に密接した、その時代でなければ意義を持ちえない思想であり、無理をして後世に受け継ぐような代物ではないと思う。

 

以上のような評価にもかかわらず、自分は吉本隆明を深く尊敬する、と言わしめるものが彼の人物の中には確かにがある。

 

大井氏の言葉を借りれば、「ある世代に対し彼ほど重い存在感をもった思想家は他にいなかったのも事実である。少なくとも、彼の生きた時代における詩と批評の両面での自己表出性の高さ、そして人々と情況を媒介する熱度において吉本は、戦後日本の中でも抜きん出た思想的表現者の一人であった。その役割は今なお続き、将来にわたっても簡単に尽きるものとは見えないのである。」