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オリンポスの黄昏

田中光二『オリンポスの黄昏』を読む。

田中光二田中英光の次男で、彼自身有名なSF作家である。

その田中光二が、生涯でただ一つの私小説と銘打って一九九一年、著者五〇歳のときに書いたのが、この小説である。単行本には、「あとがきにかえて 父・田中英光との和解」という文章も収録されている。

生前ほとんどまともに父親と接したことのない著者は、父親としての田中英光というよりも、一人の作家としての田中英光の人生の歩みを、祖父の代から冷静な筆致で描写している。希死念慮に襲われ、沖縄の離島(波照見島)に一人旅する著者が、父と同じ年に生まれ、英光が自殺した昭和二四年一一月三日に自殺を試みたことがあるという老人と巡りあうという筋立てがそれと絡み合う。

文才とは遺伝するものか、著者の文章はとても率直で読みやすく、田中英光の飾り気のないストレートな文体に通じるものがある。

ラストシーンで、著者が英光の亡霊(?)と語り合う描写は、著者自身の内面の葛藤が止揚されていく様子を見ているようで、感動的である。

ところで、今朝、何気なく本棚から引っ張り出した芥川比呂志ハムレット役者』という本の中に、「太宰治とともに」というエッセイが収録されており、芥川龍之介の子である著者が昭和二一年五月に青森の太宰の実家を訪ね、「新ハムレット」上演の許可を願ったときのエピソードが書かれていた。

太宰は実家の近くにある湖に比呂志を誘い、

「いいだろう。アイルランドのようだろう」

アイルランドの風光についてあまり知識のない私が生返事をすると、すぐに、

「ここへ連れてきたら、いきなり湖にとびこんで、向こう岸まで泳いで、また引き返してきたやつがいる。田中英光

眼を細めて、面白そうに笑う。

太宰は本当に田中英光のことが好きだったんだろうな、と思った。

英光は英光で、こんなことを書いている。

戦争末期、三鷹の太宰の家に田中英光が訪ね、その夜に空襲を受け、隣家の庭に爆弾が落ちてその家に死者が出たときの話だ。

既に、どんな思想にも愛情にも興味なくなっていた重道(私)には、ただ、津島さん(太宰)が、柔かい、サラリとした香油のように大好きで、そのまま、津島さんと死ねれば、むしろ嬉しいような気がした。(『生命の果実』)