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今読んでいる千石英世小島信夫: 暗示の文学、鼓舞する寓話』という本の中で、小島信夫の息子がアル中になって記憶を失い、後妻となった愛子さんが健忘症になってしまった遠因は、小島信夫私小説作家だったからではないか、と書いていて唸った。

青木健と小島信夫の対談の中で、青木健が、娘さんの「お父さんが再婚したことがすべての間違いだった」という訴えを小説にすれば、とすごいことを本人に言っていることにも驚いたが、千石英世はもっと根源的なところを突き付けている。もちろん、もう本人はいないのだが…

しかし、『うるわしき日々』という長編小説のラストで、小島はそれを乗り越えているのだという。このへんの論理展開はちょっとアクロバチックな気がしてついていけてないのだが、それよりは、保坂和志が「遠い触覚 第一回」の中で、彼が小島信夫の『寓話』という小説を個人出版した際に、特別おもしろい内容のメールがあり、「これをプリントアウトして小島さんに見せたら喜んだだろうな。」と思ったのだが、それから数分もしないうちに、「でも同じことなんじゃないか。」という風に考えが変わった。と書いていて、その理由が面白かった。

なんと言えばいいんだろう。「死ぬ前だったらこれを小島さんに見せることができたのに残念だ。」という風に思いそうなものを、私はそうは思わずに、「小島さんが死んでいても生きていても、こういう文章を書く人がいるかぎり、その言葉は小島さんに届くのだ(小島さんはそれを知るのだ)。」と思うようになっていたことだ。 それは小島さん本人も、そのメールを読んで喜ばなかったということはないだろうが、そのメールを読む小島信夫もまたメールとそれを書いた人と同じように、『私の作家遍歴』と『寓話』によって拓かれた言説空間を生きていた。小島信夫という人間の晩年が丸ごと『私の作家遍歴』と『寓話』に内包されていた。

さてようやく『別れる理由』を読む心の準備ができたような気がする。