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小説の鬼

水声社小島信夫 批評集成」の月報がなかなか面白い。

小島信夫の蔵書には、コリン・ウィルソンの著作が三冊ある。

『小説のために―想像力の秘密』

ラスプーチン』(サンリオSF文庫

『SFと神秘主義』(サンリオSF文庫

「小説のために」と「ラスプーチン」は、引かれた線と付箋はあるものの良い状態で保管されていたのに対して、「SFと神秘主義」は、ボロボロの状態で、書き込みも多く、おそらく常に机の上にあったものと思われる。本文は六章からなり、うち最初の「実存主義としてのサイエンス・フィクション」と最後の「詩と神秘主義」に激しく書き込みがあるという。

たとえば、35頁の「疲れているにもかかわらず、意識を集中して、好奇心をかきたてるように努力しつづけることなのだ。このやりかたは隠れたヴァルヴを開け、エネルギーを流してくれる」という箇所には、何度も重ねて太い赤線が引かれているという。

ぼくはこの本は持っていないが、上記の個所はおそらく、コリン・ウィルソンがしばしば言及しているロシアの神秘思想家グルジェフの教えの中の概念である〈超努力〉について述べたものであろう。

小島はウィルソンの「アウトサイダー」という著書にも作品の中で言及しているが、この本はほとんどグルジェフの伝記のような内容である。小島は、ルドルフ・シュタイナーやその影響を受けたエンデの作品、そしてスウェーデンボルグについても書いているから、いわゆるオカルト・神秘思想についてもかなり調べていたのは確かである。

そして小島信夫の弟子にあたる作家の三浦清宏(「長男の出家」で芥川賞受賞)は、心霊主義協会の会長をしていたくらいの〈心霊学〉の大家である。

別に、小島信夫がオカルト思想にのめりこんでそこからインスピレーションを得ていたなどとは思わない。彼にとっては、そうした超常的な世界もまた小説作品を形成する上でのピース(断片)の一つに過ぎなかったのであり、他の現実世界における人間的事象と等価のものであったことは疑いない。

月報には、井上謙治、坂内正、三浦清宏による鼎談「人間・小島信夫を語る」も収録され、興味深い話が山盛りである。森敦と小島との迷路のように複雑な交友についても触れられている。あの『文学と人生』の対談のとき、小島は非常に苦しがって、対談の前には必ず坂内を喫茶店に呼び出して、「対談が近づくと、胃が痛くなる」とこぼしていたという。

抱擁家族」というタイトルは自分がつけたものだ、という森敦の主張に対して小島が断固否定していたことも知った。そりゃそうだろう。

森敦も仏教的なオカルト思想にのめりこんでいた人で、それを論理的、数学的に突き詰めようとしていたが、ある種小島は、自分にはないそのような森の発想を参考にし、自分の小説の中に取り込もうとしていたようにも思える。

結局小島信夫にとっては、小説がすべてだったのだ、ということがよくわかる。彼じしんは、小説の中で、小説においてのみ、精神の自由(自我からの解放)を見出すことができると信じていたように思える。