INSTANT KARMA

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阪急電車

千葉雅也の小説の何がいいのかを説明するのは意外と難しい。

王道の私小説ともいえるし、今の時代だからこそ成立している小説のようにも思える。

個人的に一番やられた、と思ったのが、『オーバーヒート』の第2章、四十歳の〈僕〉が教授として勤めている大学の教授会の修論中間発表会に出席するために大学に出勤(十五分くらい遅刻)し、帰宅するまでを描いた、単行本で20ページくらいある部分。

ここで描かれる主人公〈僕〉の意識の流れの描写が見事だと思った。この章を丁寧に分析するだけでこの小説の画期的なよさが分かるだろう、と思うのだがそこまでの根気がない。

特に、帰り道の部分(単行本で48頁から)の電車内の描写には、本当に「やられた」、と思った。何をやられたのかは分からない。それは保坂和志小島信夫の『寓話』を読みながら体がワナワナと震えだしたという感覚に似ているかもしれない。

『デッドライン』には難解な哲学的議論がよく出てくるが、それが小説内のいいアクセントになっている。議論の意味はどうでもいい。どうでもいいことを論じていることそれ自体が意味なのだと解釈した。『デッドライン』は青春小説としてよくできていて、完成度はこちらの方が高いのだが、二冊を立て続けに読んだ僕にとっては『オーバーヒート』を読むための準備的作品のように感じられた。

『オーバーヒート』を読みながら絶え間ない失笑が内側から漏れてくるのが快感で病みつきになる、と思った。こんなことは初めてなのだが、千葉雅也という小説家に対して感動と共にある種の嫉妬のようなものを感じた。