War Is Over

 if you want it

綿矢りさは久坂葉子の生まれ変わりじゃないか?

もうこの歳になると正直なものしか読みたくない、というかウソは読みたくない。

ストーリー(物語)のある小説は、よほどの吸引力がないと、付き合うのがきつい。今回の芥川賞受賞作はどちらも、どうしても読めなかった。

映画やドラマも、よほどのモチベーションや吸引力がないと、何時間もストーリーに付き合うのが苦痛だ。

これは年齢のせいで我慢が利かなくなってきたせいもある。

最初の数ページで引き込まれる描写がないと読む気が失せてしまう。

『デッドライン』は冒頭の数枚が効いている。

『オーバーヒート』の冒頭はそれほどでもないが、『デッドライン』の巻き起こした〈予感〉があるので、すんなり入っていくことが可能だ。連作のメリットを生かしている。

甘い描写がないことはないが、少なくともウソはないから、正直に書かれているから、読める。行き過ぎた気取りはウソになる。描写に淫してしまうとそれもウソになる。

選択肢はそれほど多くない。過度の緊張感をもたずに、限られた隘路を縫うように書き続けられるか。それは才能の問題というより、どれだけ自分を正直にみられるかの問題だ。

ウソでない作りごとをするのはとても難しく、そこには才能の問題が入ってくる。

才能とは、何か自分の外にあるものを呼び込むことにもかかわっている。

ところで、綿矢りさ久坂葉子の生まれ変わりじゃないか、という説について大川隆法はどう思っているのだろうか?