War Is Over

 if you want it

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二・二六事件のドキュメント(松本清張『昭和史発掘』)読んでいると、昭和維新という幻想を信じて蹶起した青年将校たちのナイーブさが他人とは思えなくなってくる。“行動を起せばあとは何とかなる”という無計画さ、全てを天皇の御心を信じるということの純粋さのみに賭けた、良く言えば一途、悪く言えば単純すぎる浅はかさ。自分自身を省みるに、決して彼らを馬鹿にしてばかりはいられない。

具体的状況を軽視し「行動すればあとは何とかなる」という非合理な精神主義、無計画で空想的な理想主義、現実を見ずに観念的な思い込みで突っ走る傾向。これらは僕自身の二十代の考え方そのものだ。二・二六の青年将校たちもまた二十代が中心であった。彼らの頭脳は一般的水準からすれば優秀であり、弱者や貧しい者たちへの同情、社会的不正義への憤りが彼らの行動の根本にある動機であった。もちろん動機が利他的であるからと言って重臣たちの殺人を正当化することは出来ない。彼らの行為に対して誰よりも激怒した昭和天皇がそのことをハッキリと指摘している。

決行部隊を率いた青年将校らの取った行動は否定されるべきであるが、彼らの動機の純粋さは評価すべきではないか――クーデター当日、真崎甚三郎や本庄繁侍従武官はそのように発言した。しかし青年将校たちを唆し、彼らを焚きつけた陸軍幹部たちは決して純粋ではなかった。最も悪質なのは彼らである、と松本清張は言いたいようであり、自分もそれに同意する。蹶起直後は同情的であった幹部たちは一日も経たぬうちに態度を変えた。その様子を松本清張は生々しく克明に跡付けている。彼らが態度を変えたのは、天皇の怒りを知ったからであり、官僚的保身に走った為である。一言でいえば、大人だったからである。

だが、青年将校自身も、自らの部下たちである年若い兵士たちを騙すようにして参加させている。松本清張を読むと、安藤輝三は例外的にそうではなかったと書かれているように感じる。だが他の首謀者たちは多かれ少なかれほとんど強制的に兵士たちを参加させている。徹底した上意下達の軍隊組織において上官の命令は絶対であり、逆らえる部下などいない。そこには同志意識など存在せず、明白な自由意志の侵害だけがあった。

北一輝西田税(みつぎ)は死刑になっただけまだ救いがある。本庄繁も見事に自決した(自決が正しいとは必ずしも思わないが)。殺された高橋是清は言うまでもなく傑出した政治家であり事件関係者の誰よりも優れた人物であった。軍人も政治家もカスばかりが残った。

今の自分はもう青年将校よりも北一輝や陸軍幹部(皇道派)の年齢に近い。

自分はせめて純粋な若者に無謀な蹶起を唆すような真似だけはするまいと思う。