INSTANT KARMA

We All Shine On

Mayte Garcia回想録(3)

医学書によれば、ファイファー(Pfeiffer)症候群2型とは遺伝子的病気であり、先天的な頭蓋骨や顔面骨(基本的に下顎を除く)の形成異常(クローバー型とも言われる)がおこり、脳の発達が妨げられたり、眼球が突出したり、呼吸障害が伴う。また手および足の指が互いに癒合している。鎖肛は肛門の欠如を意味し、胃腸の形成異常を示す。

マイテは自分の見ているものを理解できなかった。渦巻きの中にいるような感覚がして、部屋の周囲の物が回転し、ぐにゃぐにゃに曲っているような気分がした。一瞬の恐怖の後、親としての愛が溢れだし、そして、それからはまったくのカオス(混沌)であった。

分娩室にいた誰もが一斉に喋り出した。「彼はどうして泣かないんだ?」という夫の声がした。赤ん坊は呼吸していなかった。医師たちは彼を台に乗せて懸命に処置していた。マイテは思わず、赤ん坊を逝かせてやってほしいと思った。だが医師には生命を蘇生させる義務があった。

プリンスはマイテに顔を近づけて手を握って語りかけた。

「大丈夫だ。彼は大丈夫だ。」

彼が泣いている声が皆に聞こえた。少し姿を消したが、また戻ってきて、「男の子だ。男の子だ。呼吸できるように手を施してくれている」と言った。

「あの子を逝かせてあげて」

「駄目だ。よくなるから。大丈夫だ。彼は大丈夫だよ」

看護師が赤ん坊をマイテの側に連れて来た。金魚のように口をパクパクさせていた。目蓋がないため、眼球が飛び出して乾燥しているように見えた。マイテは赤ん坊の小さな手を握りながら、「ママはあなたを愛しているよ。ママはここよ。あなたを愛してる。アミール、ママはあなたが大好き」と繰り返した。

再び赤ん坊は連れて行かれた。夫は「一緒に行くよ」と言った。

「ええ、行ってあげて」

マイテには輸血が必要かもしれなかった。母親が提供するという話になったが、彼女も別の手術を控えているため、そうしてほしくなかった。「あの子のそばに連れて行って下さい」と繰り返し訴えているうちに、麻酔をかけられ、眠りに沈んで行った。

手術が終わって目が覚めると、ベッドのそばに夫がいた。彼は疲れ切った様子で、沈み込んでいたが、マイテがそれまでに見たどんな姿よりも美しく見えた。今の彼は、見栄も、虚飾もなく、エゴも自分自身の要求も度外視して、息子のことだけを考え、行動していた。無条件の愛だけがそこにあった。

「また手術を受けている」

彼は次々と手術の説明をしてくれた。眼の縫合。挿管。換気手術。点滴。人工肛門造設術。予備的手術などなど。マイテにはすべてが飲み込めなかった。

「きみの母乳を与えたいといってる」

「私が行って面倒を見たい」

「きみに今の彼の姿を見て欲しくない。彼の容態が安定して、一緒に家に帰れるようになるまではね」

彼女が搾乳して容器に入れたものを彼が持って行った。

二日後、夫はシャワーを浴びるためにいったん家に戻った。その間にマイテは車いすで子供を見に行った。アミールは泣いていたが、鼻と喉に管が挿入されていたために、声を出すことができなかった。マイテは立ち上がり保育器に近づいて、息子の手を取った。子供は静かになり、マイテの気も静まった。二人の看護師に頼んで、たくさんの管につながれた息子を抱かせてもらった。

「わたしはここよ、ママはあなたを愛してるよ、わたしがあなたのママよ」

彼の皮膚は信じられないほど柔かかった。指がつながっていたために物をつかむことができなかったが、彼女の手のあたりをさぐることはできた。

夫が来た。怒られるかと思ったが、怒らなかった。彼は床の上に座って、マイテの膝にもたれ、アミールに向ってハミングし、ささやきかけた。二人は何時間もそうしていた。

とうとう看護師に優しく促されて、マイテは夫に車いすを押してもらって病室に戻り、ベッドに寝かせてもらった。それから夫は再びアミールのところへ戻った。まだしなければいけない手術がいくつもあった。夫は手術の間に息子を一人でいさせたくなかった。

それから日がたつごとに新しい問題が生じ、既にあった問題は悪化していった。マイテは可能な時間のすべてを息子の近くで過ごし、その柔らかい皮膚と髪に触れ、小さな体の体温と匂いを感じ、姉に似ている下唇の形を見つめた。

六日が経って、まだ呼吸が困難な子供を見て、マイテは医師に「もう退院できないんでしょうか」と尋ねた。医師は回答を避けた。代わりに、気管切開などのさらなる処置の説明をし始めた。

「駄目です、そんなことをしないでください。彼は苦しんでいるんです」

医師は静かに説明を続けた。アミールの喉に恒久的な管を挿入しないと、彼を死なせるという選択をすることになるという説明を受けながら、マイテはますます落ち着きを失った。

「あなたたちは彼を苦しめているんです! こんな風に生きているのは拷問のようなものよ!」

夫が割って入り、隣りの部屋に連れて行き、落ち着かせようとした。

「マイテ、よく聞くんだ。もし手術すれば、器械で呼吸できるようになれば――」

「なればどうなの? それからどうなるっていうの?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

二人は寒々しいガランとした部屋で、辛い結論に達せざるを得なかった。

どちらかが「あの子を逝かせてやろう」という言葉を口にした瞬間、二人の心臓はその一部が削り取られるような気がした。これ以上あの子を苦しませ、傷つけることはできない。そして、その決断ができるのは、ここにいる二人しかいないのだ。

二人はしっかりと抱き合いながらお互いに言い聞かせた。

「もし器械を止めても彼に息ができるようなら、僕たちも努力し続けよう。でも器械なしでは生きられないのだとしたら、たぶん彼はここにいるべきではないのだろう・・・」

二人は部屋に戻り、医師たちと静かに話をした。彼らは二人の決断が正しいものだと励ましの言葉をかけてくれた。だが正しいからといって辛さが和らぐことはない。二人は書類にサインし、生命維持装置を明日切断することに合意した。

マイテはその日のうちに鎮痛剤を処方されて退院した。その夜は母乳の痛みで何度も目が覚めた。アミールのところに行きたいと思ったが、そうしてしまったら終わりだとも思った。

朝目が覚めたとき、電話が鳴っているのが聞こえた。すぐ夫が入ってきて、装置が切断されたと告げた。

マイテは発作的に「病院に行く」と言い張り、夫がそれを止めようとしていると、再び電話が鳴った。電話を取った彼は、受話器を置くと「亡くなったよ」と言った。数時間後、息子の遺灰の入った壺が届けられた。壺には三体のイルカの姿が描かれていた。パパ、ママ、そして赤ん坊。

翌日二人はソファーで泣きながら抱き合って過ごした。

つづく