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Mayte Garcia回想録(6)

プリンスは1998年12月、スペインでマイテと二人で臨んだ記者会見の中で、「マイテとの結婚を無効にする」と一方的に宣言した。

事前に何も知らされていなかったマイテには青天の霹靂であった。もはや二人の関係が冷めてしまっていることは否定できないにせよ、法的な離婚ではなく「結婚の無効」というのは意味が分らなかった。マイテの側から見れば、離婚だと慰謝料の問題が生じるので、とりあえず法的な婚姻関係は維持しておきたいという姑息な手段にも思えた。

その頃マイテはスペインの別荘に暮らしていて、プリンスはたまに訪問するだけだった。

プリンスはますます「エホバ」に傾倒し、聖書の引用とエホバの教義を述べ立てるプリンスとの会話はますますかみ合わなくなっていた。マニュエラとの仲もますます疑わしかった。ある夜、マイテは不満を爆発させて、ワインのボトルを壁に叩きつけた。別荘のボヤ騒ぎがあったり、プリンスの新曲『The Greatest Romance Ever Sold』の歌詞がマイテへの当てつけに思われて苛立ったり、不幸で多難な時期であった。彼女は自分がどんどんプリンスから遠ざけられているのを感じていた。

2000年の初めに、プリンスはあの「記号(シンボル)」ではなく再び「プリンス」と呼ばれることを認めると発表した。あの「シンボル」に特別な愛着のあったマイテにとって、これはプリンスの心が完全にマイテから離れたことの象徴に思われた。彼との結婚生活はこれで終った、と思った。

弁護士を介して離婚に向けた協議が始まった。マイテは、財産分与として今住んでいるスペインの別荘の他は何も主張しないと言った。ただ一つ、アミールの遺灰の入った壺だけは自分の元に置きたかった。しかし、プリンスは部下に、マイテとその子供を思い出させるものはすべて焼却するように命じていた。その中には壺も含まれていた。マイテはこのことが許せず、プリンスを長いこと怨んでいたという。

プリンスはどうやら、息子の死はそれまでの罪深い生活に対する神からの天罰であると考え、生活を一新して以後の人生を神に捧げることを決意したようだった。プリンスが2001年に発表した『レインボー・チルドレン』というアルバムは、音楽的には非常に充実した傑作であるが、その歌詞は完全に〈エホバ〉の世界観に染められている。

2000年5月、プリンスとの離婚が成立し、マイテは三十近くになって単独でキャリアを築く必要に迫られ、業界のツテでいくつかの仕事を探した。スペインの別荘は売却するつもりだったが、買い手が見つかるまでは長い時間がかかった。

やがてモトリー・クルーのドラマー、トミー・リーと出会い、付き合うようになった。プリンスはそれを知って面白くなかったようだ。彼は、自分が本物のロックバンドを作るときにはトミー・リーをドラムにすると語っていたことがあった。

2001年8月、プリンスの父親が亡くなったと知って、マイテは彼の電話にメッセージを残した。「私です。お父さまのことを聞いて一言お悔やみが言いたかったの。亡くなる前にあなたとお父さまが和解できたならよかったと思います・・・お元気で。」

彼はマイテがMTV関係の仕事から車で帰宅しているところに電話をかけて来た。LAの街を走りながらマイテはプリンスと久しぶりに長時間話した。彼の父親について、プリンスは意外とサバサバしていた。色々あったが父の音楽だけは心に残して後は忘れようと思っているようだった。税金のことについて訊かれたが、「それはもう私の問題じゃないから」と答えた。家は売ったのかと訊かれたので、今売り出し中と答えた。最近飛行機事故で亡くなったアーリヤの音楽のことや、最近彼がやっている音楽のことを話した。『レインボー・チルドレン』の歌詞についてマイテは敢えて言及を避けた。

一時間くらい話して、家に着く頃、そろそろ会話の種も尽きて来た。

プリンスはおもむろに言った。「きみも知っておいた方がいいと思うんだけど・・・僕はマニュエラと結婚するよ」

「何ですって?」マイテはほとんどハンドルを誤って事故を起こしそうになった。「駄目。彼女とは駄目よ。世界の誰と結婚しても構わないけど、彼女だけはやめて。私は祝福しないから。お祝いしないから」

彼はいきなり電話を切った。そんな切られ方をしたのは初めてだった。

2001年のニューイヤーズ・イブに、プリンスはマニュエラと一緒にハワイで洗礼を受け、結婚した。離婚はしたものの、プリンスとの復縁に一縷の望みをつないでいたマイテの思いは完全に断ち切られた。

勝手なものといえばいいのか、翌年マイテがトミー・リーからプロポーズされたのを知ってプリンスは腹を立てた。彼女の留守電にプリンスからのメッセージが残されていた。

「もしもし(ハロー)?」とプリンスが言うのを聴くのは奇妙なことだった。彼は決して「もしもし」とは言わず「やあ(ハーイ)」と言った。「もしもし」という言葉は二人の会話では「くそったれ」というのに近い言葉だった。「もしもし?」ともう一度彼は言った。

しばらくの沈黙の後、「ハーイ」と言って彼は電話を切った。

マイテはかけ直さなかった。