War Is Over

 if you want it

通俗とは

よくテレビの改編期にやる番組対抗のクイズ大会のようなお祭りに

東京物語チーム」(原節子笠智衆杉村春子香川京子)、

浮雲チーム」(高峰秀子森雅之加東大介岡田茉莉子)、

「用心棒チーム」(三船敏郎ほか)、

仁義なき戦いチーム」(菅原文太ほか)、

「昭和残侠伝チーム」(高倉健藤純子ほか)、

男はつらいよチーム」(渥美清倍賞千恵子ほか)

などがゴールデンタイムにワイワイやる番組をディープフェイクで作る未来が見えた、という夢を見てみたい(見たくない)。

松本清張原作映画の最高傑作の声も高い『砂の器』を日本映画チャンネルでやっていたのをみうらじゅんの紹介と共に録画して観たのだが、たしかに演奏会の模様をバックにしたらい病の父と幼い子の逃避行の映像は良く出来ていると思ったものの、全体としてどうも通俗だなあという感が拭えなかったのは、原作者である松本清張がどうしても通俗小説の領域を超えられないことと関連があるのだろう。

通俗だから悪い、純文学だからよい、などとは全く思わないが、そこに厳然たる違いが存在していることはどうしようもない。 ドストエフスキーの『罪と罰』だって一見ミステリー風(刑事コロンボ風)の通俗小説と言えないこともない。では芸術(純文学)と通俗の違いはどこにあるのか。魂のことを表現しているかどうかか。それとも単に形式の違いなのか。ヤフーのユーザーレビューを見たら日本映画の大名作と書いてあってそれは確かにそうであることに異存はないものの、小津安二郎の『晩春』や『東京物語』や山中貞雄の『人情紙風船』と同水準にあるとはどうしても思えないのだが、蓮實重彦当りがその辺を明確に書いていないものだろうか。