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Portrait of a critic

杉野要吉『ある批評家の肖像―平野謙の〈戦中・戦後〉』が妙に気になっている。

平野謙といえば『島崎藤村』という評論の中で『新生』を批判していたのが印象的で、読んだときは溜飲が下がる思いがしたものだが、実はその平野は戦時中に「情報局」という政府機関で同僚の左翼作家を〈売る〉ような行為をしていたというのだ。

そのときの体験が戦後の「新生批判」につながっているというのだが、どういうことなのか興味がある。

2003年に出た本で、坪内祐三がその年のベスト3の一冊に選んでいた。一万円以上する大著で、図書館を探したら北区の中央図書館と武蔵野中央図書館にしか置いていないようだ。

平野謙は野口富士男の『感触的昭和文壇史』にも多くの部分で登場するし、小島信夫ともつながりがあるようで、いずれにせよ戦後昭和の重要な文芸評論家であることは間違いない。

なぜ自分が杉野要吉『ある批評家の肖像―平野謙の〈戦中・戦後〉』を読むことにこれほどこだわっているかというと、平野謙の書いた『島崎藤村』に強い影響を受けたからである。

自らの代表的な文芸評論の一つであるその中で平野は藤村の「新生」を手酷く批判している。自分はそれを読んで、島崎藤村という作家の偽善性に嫌悪感を抱いた。もっともその嫌悪感は、「新生」を読んだ時点で既に持っていたのだが、平野の論によって裏付けられ補強された形になったのである。

そしてまた平野は戦後、批評家として戦時中の文学者たち(伊藤整亀井勝一郎ら)の戦争協力的な行動を厳しく追究してきたことでも知られる。杉野要吉のこの本は、そのような平野謙自身が、戦時中、情報局という国家統制機関に勤めており積極的に体制側の活動に従事していた、という事実についてきちんと総括していないことを指摘するとともに、彼の書いた「新生」論が、平野自身の内的葛藤から生まれたものであるとも論じているという。