War Is Over

 if you want it

哀悼 西村賢太

一銭にもならない西村賢太の追悼をブログに書き続けている。事務所のパソコンを使ってそんなことばかりしている。公務員だった頃から内職の癖は止まない。学校に通っていたときには内職はしたことがなかったのだが、大学に入ってからすべてが狂った。どうやれば自由に生きることができるのかということしか考えていなかった。大学の授業には一年目の最初の数回しか出なかった。大学の授業などというものを完全に馬鹿に仕切っていた。アカデミズムにも実業にも何の興味もなく、好きな音楽を聴いて好きな本を読むことにしか関心がなかった。何をしても良いといわれると何もできなくなる。人間は完全な自由には耐えられないというアレだ。恋愛には関心がないわけではなかったが、一年目で早々にフラれてやる気を失った。そして自意識との闘いを宗教やオカルトでごまかしていた。

ぼくにとっての一時期のイエス・キリストが、西村賢太にとっての藤澤清造だったのだろう。結句ぼくは神を求めていたのではなく、信じるに足る人間を求めていたのだ。生きている人間の中にそれを見出せなかったので、過去の歴史的人物にそれを求めたのだ。過去の歴史的人物は、結句イメージであり架空の存在である。神というのもイメージであり架空の存在である。イメージだから自分の好きなように想像することができる。現実の人間との関わりを諦めて、自分のイメージの中で関係性を完結させるとき、そこに〈他者〉はいない。すべては自己愛にすぎない。西村賢太は現実において真に人間と関わることができなかったのではないか。だから己の美意識の結晶たる私小説という形式にしがみつき続けたのではないか。

一見、西村と共通する世捨て人的なスタンスを取っているに見えつつも、絶え間なく現実世界の人々との関わりの中で生きている中原昌也との違いがそこにある。中原昌也はおそらく人間が嫌いではない。彼の日記を見ると、一年に数百人の人々と会い、コミュニケーションを取っている。西村賢太はたぶんぼくと同じで人間と関わるのが嫌いではなかったか。女性を人間としてではなく性欲の捌け口のようにしか扱えなかったのもそういうことではないだろうか。西村にとっては崇拝の対象となる人間と軽蔑の対象となる人間がいるだけで、自分と対等につき合える人間はいなかったのではないだろうか――。

などとさんざん勝手な想像を膨らませてきたが、どうやらそれはぼくの勝手な見込み違いにすぎなかったようだ。さっき、高田文夫がラジオで「賢太と玉袋筋太郎がよく店で殴り合って喧嘩していた」というエピソードを披露していた。西村賢太には、ぼくとは違って、「てめえの小説なんてクズだ」「てめえの漫才なんてクズだ」と対等に言い合える人間がたしかにいたのだ。