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岡田睦

西村賢太坪内祐三の対談で知ったもう一人の作家が、岡田睦(おかだ・むつみ)だった。

1932年生まれで、慶応文学部を卒業し、家庭教師などをしつつ黒田壽郎、黒田美代子、古屋健三らと同人誌『作品・批評』を創刊、『三田文学』などに小説を書き、1960年「夏休みの配当」で芥川賞候補。以後ゴーストライターや無署名ライターをしながら私小説を書いた。

三回結婚したが最後の妻から家を追い出され、老人ホームに入所、生活保護を受けていた。2010年に「灯」を発表したが以後消息不明。(Wikiより)

阿川弘之が師匠筋のようで、阿川の講談社文芸文庫から出ている小説集の年譜を作製したりもしている。

既に絶版で図書館にも置いていない本が多く、これまで自分が読めた小説は、単行本『乳房』(福武書店、1988年)収録の「キャット・シッター」「糟糠」「乳房」「夕空晴れて」と、単行本『明日なき身』収録の「ムスカリ」「ぼくの日常」「明日なき身」「火」、そして講談社文芸文庫の『明日なき身』に収録された「灯」の九作品。

すべて私小説で、特に「ぼくの日常」以降はもう身辺雑記に徹している感じ。

七十年代には中上健次と座談で対等に語り合ったりしているからそれなりの位置にいたのだと思われるが、1985年以降の作品を集めた『乳房』からは、妻に逃げられたり家を追出されたり生活保護で借りているアパートで火事を出して施設に収容され、その後も施設を転々としたり、もうひたすら転落人生を歩んでいる。

淡々とした筆致ながら『乳房』の頃は侘しさや哀愁が漂っているが、もう後期(『明日なき身』以降)になるとそれも突き抜けて、己の人生を見切った一種の清々しさすら感じさせる。

高齢化社会における独居老人による私小説というのが二十一世紀の今、もっと出てきてもいいと思うのだが、これらの小説はその魁ともいえる作品ではないのか。

何気ないように書かれているが、すらすらと読めるのは文章力の高さゆえであり、どうしようもない悲惨さが描かれているのに読後に透明感が残るのは自己を貫いている突き放した視点があるがゆえであろう。

坪内祐三も書いているが、「ありのまま」を書くことと「あるがまま」を書くことには違いがある。「あるがまま」を書くためには、自分を超えたところにある「透徹した眼」がないといけない。それがないと私小説は書けない。

『乳房』と『明日なき身』の間隙を埋める単行本未収録作品を集めた作品集が昨年(2021年)に宮内書房というところから出版されたのだが、売り切れで重版待ちの状態のようだ。