War Is Over

 if you want it

dismal pleasure

斉藤紳士さんが安岡章太郎の「陰気な愉しみ」が面白いと言っていたので読んだが確かに面白かった。

戦争中に軍務で負傷した男が、毎月役所に出かけて傷病手当金をもらうというだけの話なのだが、そのことだけで一つの作品を成立させているのがすごい。

どことなく小島信夫の「アメリカン・スクール」につながるユーモアを感じる(文庫の解説を書いているのは小島信夫だ)。

「ガラスの靴」や「悪い仲間」も読んだが、個人的には「陰気な愉しみ」が一番好きだ。

アメリカン・スクール」にしても「陰気な愉しみ」にしてもそうだが、これを映像作品にしても、面白くなる気がしない。小説で読むからこその面白さだという気がする。

映像にすると、頭の中でイメージを膨らませる余地がなくなるからだろう。たとえば「陰気な愉しみ」に出てくる、役所にいつもいて、主人公を射るような視線でじっと見つめ続ける、「ふとい眉のせまった黒い眼と、赤い大きな口とが、幅のひろい顔をいっぱいに占めて、齢には似あわない化粧をしているが、せいぜい十八ぐらいだろう」少女の様子など、想像すると思わず笑ってしまうのだが、これを実際に映像で見せられるとちっとも笑えないと思う。

僕はこの描写を読みながらつげ義春のシュールな夢漫画に出てくるような場面を想像してしまう。役所で金を受け取った後に横浜の商店街をぶらぶらとさまよい歩く描写など、ねじ式の主人公が眼医者を求めてさまよい歩く場面とオーバーラップしてしまう(たぶんこんな読み方をするのは自分だけだと思うが)。

主人公が食品店の前に立ち止まって、ハムやソーセージをじっくりと眺め、それらが「むくむくと脂ぎった肉塊に生命力をふきこまれて、たったいま切断されたばかりの胴や胸のようにみえてくる」様子など、一種のサイケデリック小説ともいえる。

とにかくこの「陰気な愉しみ」という小説は素晴らしい。日常の中にある非日常をこんな風に魅力的に書けたら理想的だと思った。