War Is Over

 if you want it

追悼松村雄策を読む

ロッキング・オンの最新号で松村雄策の追悼記事が載るというので読みたくなった。本屋で買いたいと思ってもなかなか町中に本屋というものがない。職場の近くにあった本屋も去年の今頃に閉店してしまった。

仕方がないので新宿の紀伊国屋書店に出向く。ここも今工事中で迷路のようになっている。地下の雑誌売り場で音楽雑誌のコーナーを眺めるが見当たらない。もしかして売り切れになってしまったのかと焦ったが、入り口近くの目立つコーナーに平積みになっていた。

久しぶりに「ロッキング・オン」を手に取って最初のほうからぱらぱら眺めるが、まったく読みたい記事がない。ぼくが毎月小遣いを握りしめて本屋で購入し、自分の部屋で心を高めながら読み耽った頃の面影はこの雑誌にはもはやない。雑誌が変わったというより、読み手である自分が変わったのかもしれないと思った。たかが数ページのために千円近く払って買う価値があるかと一瞬躊躇ったが、松村雄策への追悼の意味を込めて思い切って購入することにした。

レジに向かうと長蛇の列。セルフレジが空いていたのでそこで手続きをして買う。

家に帰って、「ロッキング・オン」を開き、まず渋谷陽一の追悼記事を読む。それから高見展の書いた文章を読む。松村雄策の原稿を読むのは後回しにして、その他のページをめくってみるが、やはり読みたいものがない。

そこではたと気づいた。「ロッキン・オン」といえば、読者からの投稿記事が大半を占め、まるで同人誌のような思い入れの籠った文章が並んでいたものだ。常連の投稿者の記事はどれも読みごたえがあって、そのような文章の中に松村雄策の記事も並んでいたのだった。今の「ロッキング・オン」にはそれがない。

今月号の追悼記事にしても、渋谷陽一の思いのこもった原稿を除けば、やけに扱いがあっさりしている気がする。ネットで読んだ数々の熱量のある追悼の文章のようなものがここにはない。渋谷陽一の書いているとおり「ロッキング・オンは松村がいなくなって僕一人になってしまった」ことを改めて感じさせられた。だって、追悼松村雄策の特集に岩谷宏の文章も橘川幸夫の文章も載っていないんだもの。慊りないといったらない。松村の文庫解説も書いている一条和彦あたりの文章も読みたかった。