War Is Over

 if you want it

A man loved by no one

風野春樹島田清次郎 誰にも愛されなかった男』という本を読んだ。とても面白い、力作評伝だった。島田清次郎は誇大妄想狂気味の自己愛性人格障害のDV常習者であり、ほとんど同情の余地がないのだが、興味深く読み進むことができたのは、筆者の精緻な調査に裏付けられた冷静かつ島清への思いの籠った筆致ゆえだろう。二十歳で発表した『地上』というデビュー作がベストセラーになり注目されたものの、その傲岸不遜な振る舞いが常軌を逸しているため文壇からは嫌悪され、発狂して精神病院でわずか三十一歳の生涯を閉じた。金沢出身で、同郷の徳田秋声、加納作次郎などとわずかに交流のあったほかは、文壇からの評価は低く後述のスキャンダル以降はほとんど冷たい無視に遭った。

この本は、出てくる登場人物が面白い。徳田秋声室生犀星は言わずもがな、堺利彦の娘・近藤真柄(島田が一方的に片思いした)や、Pierre Bernardというアメリカ人のヨギからタントラを伝授され観自在宗という新興宗教の教祖になった木村秀雄とその妻・駒子アメリカで言葉を交わした神秘主義詩人エドウィンマーカム(その師トマス・レイク・ハリス)、パリで世話になった岡田三郎などなど。世界の救世主たるべく自負していた島清が京都に出口王仁三郎を訪ねようとしたらちょうと第一次大本事件で検挙された後だったという。この両者が面会していたらどういうことになっただろうか。

正宗白鳥が島田に押しかけられた体験を短編小説(随筆?)にしている。伊福部隆輝(のちの隆彦)も生田長江の弟子として出てくる。島田が生田長江の訳したニーチェの「ツァラトストラ」に感動して小説を持ち込み、生田から高い評価を受けたのが彼のブレイクのきっかけになったのである。

島田の小説『地上』のシリーズは文壇での評価は低かったが売れ行きは凄く、何万部刷っても完売したという。若い読者の熱狂的な支持を受けたようだ。要するにのちの〈少年マンガ〉の先取りだったように思われる。小林よしのりのマンガ本が受けるようなものである。未読だが、この評伝の著者・風野春樹によれば、この作品のストーリーは起伏に富み描写は異様な迫力に満ちているとのことで、肥大化したエゴがその衝動をぶちまけるスタイルは後年のマンガ表現を思わせる。こうした若者向け表現に対する切実なニーズに応える小説ではあったのだろう。

1923年4月14日の新聞は一斉に、小説家島田清次郎が某家の令嬢を脅迫監禁し、金品を強奪した容疑で拘引され、取調べを受けたという事件を報じた。令嬢とは海軍少将舟木錬太郎の次女で十九歳の舟木芳江のことで、世間を騒がす一大スキャンダルとなる。事件についての詳細は省くが、元々評判の悪かった島清にとってこの一件が致命傷となり、以後出版社にまともに相手にされなくなった。

1924年、二十五歳のとき、出版のつてを求めて、またその日のねぐらを求めて彷徨っているところを警察の職務質問を受けそのまま精神病院に入院、死ぬまで退院することはなかった。

この評伝では、従来の評伝ではほとんど省略されていた入院後の生活や創作の様子を丹念に跡付け、精神科医の立場から「島田清次郎は本当に狂人だったのか」を検証している。

読後に思ったのは、金沢出身で昭和初期に狂凍死した藤沢清造(島田の十歳年上。死んだのは島清の二年後)との交流はなかったのだろうか、ということだ。西村賢太は島清について何と書いているのだろう。興味が色々わいてくる。

あと、西村賢太つながりで言えば、島田清次郎の事実上の遺作となった「雨滴の音を聴きつつ」(入院前最後に書かれたエッセイ)と賢太の遺作「雨滴はつづく」に何か符合めいたものを感じてしまう・・・