War Is Over

 if you want it

天使のサンバ

小坂忠は、細野晴臣を聴いていく中で聴いた。

日本のロックの最初期、細野らと結成したエイプリル・フールのボーカルとしてスタートし、なんといっても代表作は「ほうろう」と思う。これは70年代ロックの名盤のひとつ。

名曲「しらけちまうぜ」小沢健二がカバーしたことで90年代の渋谷系のリスナーにも知られた。自分もこのときに知った。

ゴスペル・シンガーに転身してからの「CHEW KOSAKA COVERS」「PEOPLE」も名盤。いずれも細野晴臣はじめ、ティン・パン・アレーのメンバーが参加している。

彼が信仰に目覚め教会に通いゴスペルを歌うようになったきっかけは、家族の事故だった。以下は小坂忠文藝別冊「マーヴィン・ゲイによせた文章の要約である。

1975年の「ほうろう」のツアーがひと段落して家でくつろいでいる頃に、一人娘が全身に熱湯を浴びるという事故が起きた。クリスチャンだった妻の祖母の勧めで生まれて初めて教会に祈りに行った。

その一か月後に、ひどかった火傷が癒されるという奇跡が起こったという。このことがきっかけで神にについて考えるようになり、本当に神がいるのだったら知りたいと思った。

それで聖書を読み始め教会の礼拝にも通うようになった。やがて自分が求めていたものがここにあることを知った。神の愛と神の赦しこそ自分の求めていたものだった。

洗礼を受けてクリスチャンとしての新たな人生が始まった。日本中のいろんな教会に呼ばれて歌いに行った。しかし次第に教会に矛盾を感じるようになった。しかしキリストに対する思いは変わらず、1991年には教会の牧師となってキリストに仕えるようになった。

私がクリスチャンになった頃のキリスト教界には成功思想というものが流行っていた。信仰によって成功を手に入れようと多くの人が影響を受けていた。まるで成功した人が立派な信仰者であるかのように受け止められていた。自分は疑問を感じた。

そして、自分が選んだのは人に成功者として認められることよりも自分に委ねられたことをたとえ成功しなくても忠実に行うことだった。

テレビドラマのサウンドトラックで、ジャパニーズ・シティ・ポップの名盤でもある気まぐれ天使を聴きつつ、ご冥福を祈る。