War Is Over

 if you want it

Raindrops keep fallin'

西村賢太「雨滴は続く」一度目読了。

読み終えるのが勿体ないと思いつつ、頁を繰る手が止められなかった。

これが西村賢太文学の到達点、と思った。

北町貫多(西村賢太)が2004年(平成16年)7月に同人「煉瓦」に発表した小説「けがれなき酒のへど」が同年12月に「文學界」に同人誌優秀作として転載・掲載されてから、翌2005年5月、「群像」5月号に短編「一夜」を発表、さらに8月に「群像」9月号に中編「どうで死ぬ身の一踊り」を発表するまでの約一年足らずの足跡を追った作品である。

最後は、「どうで…」が芥川賞候補に選出されたという通知を受け取るところで終わっている(著者死亡により未完)。

構想では芥川賞に落選するまでを描くつもりだったようだが、尻切れトンボという印象はない。これはこれで一つの作品として完結していると思える。

西村の小説の基本力学は、藤澤清造の「歿後弟子」たる矜持(それは彼自身が私小説家として立つこととイコールである)と、利己的な名〈性〉欲(=獣性)との間で引き裂かれる構造の中にあるが、この小説では、他方の極に〈おゆう〉と〈葛山久子〉という対照的な二人の女性を配置したことで、そのダイナミズムが一層劇的なものになっている。

いわば往復運動がトライアングル運動になっている分だけ複雑でありその強度が増している。これは西村が過去最大の長編を執筆するにあたって導入した仕掛けである。

運動の強度が増しているだけ、その表現にもそれに見合った力が求められる。西村の筆はかつてないほどに自在に迸っている。西村の剛腕によって読者が弄ばれている快感のうねりが、この小説の読書体験を、過去の西村作品の中で最も深度のあるものにしている。それはまるで西村の「マラを突き込まれ、突き上げられ、一晩中ヒイヒイ喘ぎ続けさせられる」(410頁)ような体験である。

この小説に出てくる上記の三作品、すなわち「けがれなき酒のへど」「一夜」「どうで死ぬ身の一踊り」は、数ある西村作品の中でもトップ3に挙がるだろう。まさに西村が作家としてのるかそるかの大関所にあった時期に書かれた、一世一代の作品たちである。この小説は、これらの大傑作の執筆当時の西村の行動と心境が(大いにデフォルメを施されているにしても)あるがままに描かれれている貴重なドキュメントでもある。特に編集者たちとのやり取りに関しては、過去作品にはない興味深い内容になっている。

個人的な話になるが、僕は西村が苦役列車芥川賞を取ったことが残念で仕方がない。当時あれを読んで「時代錯誤の無頼派気取で、たいして面白くもねえな」と感じてしまったが為に(その後に映画化されたのもよくなかった)、西村文学との本格的な出会いが十年近くも遅れてしまい、その小説を愛読するようになって一年も経たない内に作者の死を見ることになってしまった。

苦役列車」には藤澤清造も秋恵も出てこない! そんな西村の両手両足を捥がれたような作品が最も評価されるとは何たる皮肉か。2006年に西村が「どうで死ぬ身の一踊り」で芥川賞を取り、その時に読んでいれば、と悔やんでも悔やみきれない。

「雨滴は続く」の話に戻ると、前述のとおりこの作品のポイントの一つは、西村の過去作では殆ど言及されることのなかった二人の女性、葛山久子という女性記者と、「おゆう」こと川本那緒子の登場である。そしてこの二人に対する描写には西村作品における過去最高の強度が備わっている。

特に葛山は、過去の西村作品にはなかったインテリのキャリアウーマンタイプの女性であり、岡惚れの対象としてユニークな存在だ。面白いのが、貫多が実際にこの女性と会ったのは七尾の西光寺でのわずか数分の邂逅のみであり、その後はひたすら貫多の妄想の中にしか出てこない(貫多がせっせと送り続ける自作の掲載された雑誌等に対する〈大雑把な〉礼状以外には)。貫多が妄想の中で葛山に求愛したり罵倒したりするどこまでも自分勝手でジェットコースターのような内面生活は恋する男が誰もが経験することで、読者は苦笑し呆れながら共感するしかない。

方や、貫多が金さえあれば通い続けずにおれない買淫行為の過程で巡り合った風俗嬢「おゆう」は、三十代半ばのシングルマザーである(自称)。風俗嬢との恋愛(岡惚れ)と言えば、「けがれなき酒のへど」の恵里(えっちゃん)だが、「おゆう」も「えっちゃん」と同じように、貫多のデートへの誘いを受け入れるが、その後も何度も連絡をしてきたり、デートの後にはロハでの誘いにも応じ、娘に会わせることまで承知するなど、「えっちゃん」が完全に金目当てだったのに対して、「おゆう」にはどうやら本気っぽい気配もある。貫多も、文学好き(白洲正子幸田文を読んでるという!)で子持ちの彼女と所帯を持ってもいい、などと一瞬本気で考えたりもする。

この二人の女性は共にとても魅力的に描かれている。特に「おゆう」との二度目のデートの後でホテルで交わす二人のやり取りは、西村史上最高に「ハニーでスイート」で、読みながら思わず目頭が熱くなってしまった。

そしてお決まりの如く貫多は、いつもの愚劣さによって彼女らを二人して失うことになるわけだが、この顛末を西村文学に欠かせぬキャラクター・落日堂の新川がきっちりと総括してくれる。この展開も見事である。

まだまだ書きたいことはあるがいったんこのへんで。