War Is Over

 if you want it

Permission (not 2 Dance)

文學界」2022年2月号に掲載されている小説、岡崎祥久「パーミション」を読む。

この作家の小説は未読で名前も知らなかったが、文學界の「新人小説月評」に、砂川文次「ブラックボックス」がよかった人にはお勧めと書いてあったので読んでみようと思った。

とても面白く読んだ。

以下ネタバレするので、興味のある方は是非先に作品を一読してほしい。

 

主人公は五十代の、いわゆる「中年童貞」で、一人暮らしだが、毎月母親が三万円の援助を受け取るために訪ねてくる。そのたびに母親はホットサンドメーカーとかゆで卵をファンシーな形に切るための道具とかを買ってきて、三万円の代わりのようにして置いていくので、彼の部屋はガラクタめいた器具でいっぱいになっている。

また弟が頻繁に金を借りに来る。主人公も決して金に余裕があるわけではないのだが、来るたびに少しまとまった金額を言うなりに渡してやるという関係性が続いている。それは弟からの圧力とか、弟が可愛いからとか、兄としての義務感とかいうものでもなく、ただ頼まれたら貸してやるものだろう、という位の気持ちである。

彼は巨大な冷蔵倉庫の夜勤で、ピッキングや仕分け作業などの仕事に就いている。十トントラックの免許があるので運転手をやっていたこともあったが、それを辞めてからはドライバー職を避けるために免許のことも運転手の経歴も隠している。

仕事では徹底した安全運転を心がけていたが、いつか絶対に小さな生き物をひき殺す気がして、運転するのがこわくなった。子供を知らずに轢き殺した事故のニュースに出くわすたびに、その時点で財布に入っている万札をすべて新聞社などに弔慰金として送ることにしている。

冷蔵倉庫の仕事は、いつのまにかベテランのようになっていて、「おっさんのわりに作業はそこそこできるけど、責任のある仕事はムリそうな人」みたいなイメージでやり過ごしてきたのに、最近ときたまリーダーみたいな役割をさせられることがあって、それが苦痛なので、冷蔵(C:チルド)より寒い冷凍倉庫(F:フローズン)に移りたいと思っている。

こんな風に主人公の人間像としては、受け身で消極的で、野心とかガツガツした欲望とは無縁な、よく言えば人畜無害な善人、悪く言えば人生負け組の孤独死必定の底辺労働者ということになるのだろう。しかし、こんな人(軽蔑の意味合いは全く含んでいない)は今いくらでもいるだろうし、本人がそうした生活に淡々とした満足感を味わっているのなら他人がとやかく言う筋合いはまったくないだろう。

でもそんな<彼>(彼は最後まで「モラトリアムの<モラさん>」という以外の名前を持つこともない)にも、「まだこれで全部じゃないかもしれない」という思いはどこかにある。

というのも、実年齢で半世紀すぎてるのに、いまだに俺にはなにも起こってない気がするので(中略)ストーリー的にはまだ序盤あたりなのかな、とおもったりするわけです。今後いろいろ展開していくための下ごしらえ中というか。(中略)でもなんにせよ、まだこれからなにかあってもいいだろう、というか、なきゃおかしいだろ、といつまでたってもおもってます。

小説全体が<彼>の一人称告白体で書かれ、いかにも面と向かって彼の話を聞き続けているような話し言葉的な口調がユーモアを湛えていて、読者としてはずっと苦笑交じりの微笑を浮かべながら、カウンセラーになったような気持ちで彼の言葉に耳を傾けざるを得ない仕掛けを生み出している。

その語り口の中に、突然ドキリとするような箇所(といっても軽い驚きと違和感という程度)が挟み込まれる。彼が「あなた」に向かって語り掛ける部分だ。

一瞬「あなた」とは読者である自分を指すのでは、と身構えさせるのだが、どうもそうではないらしい。「あなた」というのは、彼が求めている架空の「彼女」のことを指しているようなのだ。

Fエリアみたいな過酷なところにきてるなら、そのあいだぐらいは、俺みたいなものでも、あなた(原文では傍点)のことをおもいうかべていいんじゃないか、とおもったりもするわけです。

俺はあなたの夢をみることがありますけど、あなたには顔も名まえもなくて、でなければ夢にみるたび顔も名まえもちがっていて、この先どこかで会うことがあったとしても、ちゃんとあなたとわかるのかどうか、俺にはわかりません。

後半になると、人畜無害だったはずの彼に、実はある性癖(?)があることが分かる。

彼は、自分の目に入る場所に女性の胸があると、ついガン見してしまうという習性があるのだ。普通の男性なら、たまさか目にした場合にも、さりげなく視線を逸らしたりするような場面でも、自分でもこれ以上はもう見てちゃダメだろ、と思いつつも目が離せないのである。弟の彼女には激怒されるし、街中で女性が走ってきたりすると、立ち止まってまじまじと見続けて軽蔑や不審の目で睨まれることもしばしばである。

ここからの展開(というほどのこともないのだけど)まで全部書いてしまうのはさすがにルール違反と思うのでやめる。

全体的にユーモアに包まれているために見えにくいが、この小説の背景には荒涼とした今の高度資本主義社会の現実が横たわっている。その残酷な非人間性は非常に希釈されているために、あからさまな怒りや反発が意識の表面に浮かぶことすら珍しい。

理不尽に解雇された元同僚(だが名前も顔もはっきりしない)から不満を述べ立てられても、彼が思うことは、「このスーパーで食パンが買いづらくなったら困るな」ということでしかない。

「パーミション」という小説のタイトルは、寒々とした職場で束の間の心温まるコミュニケーションを取ろうとした彼が「拒絶」されたことの象徴として、彼の頭の中で事あるごとにリフレインされる言葉だ。

無意識のうちに「資本主義リアリズム」からの解放を求めて、「灰色のカーテンに裂け目を開く」ための試みはあっさりと否定される。その哀しみさえ自覚されることはないままに終わる。そこに今の現実社会の底知れない悲劇がある。

砂川文次「ブラックボックスと対にして読まれるべき、今年を代表するプロレタリア文学の一つだと思う。