War Is Over

 if you want it

夢洲(4)

夢洲の髪は、面接に来た頃は黒かったが、働いている間にどんどん色が薄くなり、しまいには金髪に近くなっていった。朝、エレベーターに乗ってヘアーオイルの甘い匂いが漂っていると夢洲が先に来ているな、と分かった。その匂いは心地よかった。

新人事務員の研修に参加した夢洲は、戻ってくると、講師の人から「あなたの髪はアウト」といわれちゃいました、といった。研修では必ず講師の真ん前の一番前の席に陣取ることにしている、学生の頃もずっとそうだった、といった。

中学高校は一貫の女子高で、その系列の女子大に入学したが、夢洲が入学した年に共学になった。入学するや否やキャンパス中で男関係のトラブルが絶えなくなり、それが原因で半年で中退したのだ、と話した。

 

ある日、昔は毎晩のように若手のお笑い芸人たちと遊んでいた、という話になり、当時は無名だが今は名の知られている芸人たちの名前を何人も挙げた。そのうちの何人かとは付き合っていて、一緒に住んでいたこともあるという。一時は若手芸人たちの間で夢洲の名前を知らない人がいないくらいに有名だったとか。芸人たちと飲んだ後、今は大活躍している某芸人とホテルに入ったとき、彼はベッドの横のテーブルでひたすら夢洲を相手にネタを繰り始め、明け方までひたすら話し続けたという。眠気と戦いながら夢洲は朝までその話に付き合った。夢洲はその芸人を秘かに”狙っていた”が、彼にはほかに好きな看護師の子がいると聞いたので諦めた。

ある日、蕎麦屋で二人で昼食を食べていると、なぜか女性の下着の話になり、

「あたしは中学の頃からTバックしか履かないです」

といった。

「それで気が付いたら母に全部捨てられてて、また買いなおして。母は躾には異常に厳しくて、テレビもNHKしか見せてもらえなくて、小学校でクラスの話題についていけなくて。剣道もやらされて。今思えば礼儀作法を厳しく教えられたおかげで役に立ったことも多いですけどね。お兄ちゃんは気が弱くて、引っ込み思案だったから、幼児劇団に入れられて。帝国劇場の舞台に出たりもして。でも高校をやめちゃって、引きこもりになって。働き始めたのつい最近ですもん。」

そのお兄ちゃんが一度事務所に遊びにきたことがあった。この変わり者の妹を雇うなんてどんな非常識な男だ、と偵察にきたのかもしれない。とても知的な人物だった。裁判員に選ばれて事件に取り組んでいたときのことなどを話した。

マグネットの盤で何局か将棋を指した。もう何十年ぶりかですよ、といっていた割には強かった。こちらが勝ち、兄が負けると、そのたびに夢洲は本気で悔しがった。

 

昼食によく利用する和食系の定食屋で、普段は使わない奥の座敷の個室に通されたことがあった。

窓ごしに小さな池と蹲が見えた。

「なんとなく雰囲気がエロい」と夢洲がいった。

二人ともすっぽん雑炊を頼んで、食べていると、

「あたし頭のいい子どもが欲しいです」と夢洲がいった。

夢洲の子どもは、小学校に上がったとたんに病院を勧められ、多動性障害の診断を受けた。

毎日処方された薬を飲んで登校していた。薬が効いている間はじっと座っていることが出来た。下校する頃に薬の効果が切れて、家ではずっと落ち着きがなく動き回っているという。IQテストをすると異常に高い数値が出たという。

「あなたの息子なら東大に入れるよ」といってやった。

「無理だと思います。でも先生との子どもだったら入れるかも」「あたしが子ども産んだら、知り合いがすぐに引きとって育ててくれるって」

そういえば明治くらいの頃にはよくそんなことがあったという。

「じゃあ今度ぜひ」と答えた。

もちろん夢洲は本気でそんなことをいっているわけではない。

ぎりぎりのところまで男を引っ張っておいて身をかわすプロなのだ。

こっちは、負けるか、と思って、気の利いたことのひとつでもいいたくなり、昔イギリスのバーナード・ショーという作家が、ある女優から〈あなたの頭脳とわたしの外見を備えた子どもができれば素敵ですね〉といわれて、ショーが〈あなたの頭脳とわたしの外見を備えた子どもだったらどうします?〉と答えたという話をしたが、夢洲は意味が分らないような顔をして何もいわなかった。

ランチから戻って、妻の若い頃の写真を見せると、すぐ返すかと思ったら、いつまでも手に持って見ていた。