War Is Over

 if you want it

花束の代わりに

『書評の星座 紙プロ吉田豪のプロレス&格闘技本メッタ斬り 1995-2004』を読み始めたら、いきなり「つまらない人生を送っている輩は原稿に己の近況を書くなかれ」とあってドキリとした。

これはボクの持論なのだが、つまらない人生を送っている輩は、原稿に己の近況なんか決して書いてはならないのである。自分のつまらなさを世間にアピールしてどうするつもりなのか。

ボクが某誌に毎月近況を書いていたときには、近況を書くためにわざわざ行動していたものだ。「それだけの覚悟を持って近況を書け」と、近況にうるさいボクは言いたい。近況のためなら、新間ジュニアの膝蹴りだって受けて見せるだけの心意気が必要なのである。

そんな心意気なぞ一切ないので、いっそ近況を書くのは断念しようかと考えていたら、これは原稿ではなくブログにすぎず、当然ながら原稿料など一切発生していないし積極的に読もうとしない限り不特定多数の人々の目に触れるおそれもないので、近況を書くのに覚悟を持つ必要など全然ないのであった。

三連休を使って実家を訪れ、独り暮らしの母親の今後について相談してきた。前々からサコウジュ(サービス付き高齢者向け住宅)に入りたいと言っており独居もそろそろ限界な気もするのでこちらで適当な物件を探すことにした。

できるだけ人数が多くて賑やかなところがいい、今は特に不自由ないが今後介護が必要になったら出ていかなくて済むところがいい、スポーツセンターが近くにあるところがいい、などなど求めるものが多いが辛抱強く耳を傾け、探すことにした。差公寿に移るとなると、今住んでいる家をどうするかという問題が出てくる。駅から徒歩40分、バスもないので車がないと暮らせない。市街化区域から外れていて土地の一部が田になっているので手続きが要る、など売却にあたっては種々のハードルがある。築三十年とはいえまだまだ住めることは住めるし、中の荷物を整理するのもかなり厄介ということもあり、たとえ施設に移ってもしばらくはそのままにしておくことになりそうだが、譲渡税控除の特例を受けるには居住後三年以内に売らないといけないとか空き家になると不用心になるのでセキュリティを頼んで月に一度は見に行く必要があるなどある程度の手間は覚悟しないといけない。

そんなことを考えながらちょっとした辞典のような厚さの『書評の星座 紙プロ吉田豪のプロレス&格闘技本メッタ斬り 1995-2004』を読んでいる。プロレスには何の興味もない自分がこれを読む動機は、吉田豪個人のことについて何か書かれていないかをチェックするのと、彼の文体及び批評のスタイルの変遷を分析することにしかないのだが、今のところ、1995年時点で既に彼の文章が今と同じレベルで完成されており、良くも悪くもそのまんまであるという発見があるだけだった。

名前くらいは知っている猪木や馬場についての本とか、吉田豪が度々言及するターザン山本のこととか以外はまったくチンプンカンプンなので、丁寧に読むのはさすがにキツい。

それでも、この分厚い本と、続編である『書評の星座 吉田豪の格闘技本メッタ斬り 2005-2019』を読み通すことによって何かが見えてくるのではないかという一縷の希望を胸に抱いて、悲壮な覚悟を持って連休最後の時間を費やして何とか読み通そうとしているのであった。