War Is Over

 if you want it

小田原満年譜(超暫定版)

1970年(昭和45年)

9月23日、兵庫県明石市に生まれる。

1985年(昭和60年)15歳

明石商業高校入学。

高校時代はかなり鬱屈してました。昼休みとか、お弁当を一緒に食べる友達もいなかったので、弁当を食べないで一人で校舎をウロウロしてましたね。意味もなく階段を登ったり降りたりして(笑)。やはり一人で寂しく弁当を食べているところを人に見られるのはイヤだったんですよ。校内をうろついていれば、僕はぼっちの寂しいヤツじゃなくて、人からは風景の一部として認識されるわけじゃないですか。

1988年(昭和63年)18歳

明石商業高校卒業。大学には進学せず。

大学に進学しても友達が出来る気がしなかったんで大学へは行きませんでした。明るいキャンパスで独りぼっちでいるところ想像したらイヤになりますよ。

昼から夜はバイトで、夜中に一人でドライブすることだけが楽しみでした。録音しておいた水道橋博士などの深夜ラジオを聞きながら誰もいない田舎道を走るんです。同じテープを何度も何度も聞いてましたね。やはり寂しかったんでしょうね。深夜放送の仲間的な語り口に癒されていたのかもしれません。

1990年(平成2年)20歳

バイト先の飲み会の後で、みんなでテレクラに行く。以後テレクラにハマる。最初はまったくアポが取れず、テレクラ漫画家の成田アキラの本で勉強する。

1992年(平成4年)22歳

テレクラで会った女のコ(19歳でロッカーっぽい恰好をした、顔もまぁまぁの子)と車の中でペッティングみたいなことをする。

その体験があまりにも良かったんで、またその彼女に会えないかなぁ~と思って彼女と待ち合わせた場所をウロウロしたりしてたんですよ。そしたら、なんと、偶然に彼女と会えたんです。で、声をかけたらですね、完全に無視されました(笑)

1993年(平成5年)23歳

初体験。バイトしていた引っ越し屋で知り合った女のコと付き合うようになって、わりと自然に。

やはり車の中でした。後ろのドアを両方開けて、頭や足を出してやるという技術を学んだですよ(笑)。

1996年(平成8年)26歳

ヤングマガジン増刊赤BUTA』(講談社)にて、「僕はスノーボードに行きたいのか?」でデビュー。

漫画を描くきっかけは、親から「就職しろ」ってうるさく言われたから。それだけです。1年間だけ漫画を描いてみて、芽が出なかったら就職するという約束で。漫画を読むのは好きだったけど、漫画なんか一度も描いたことがなかったんですけどね。

当時、山田花子さんが好きで、あんな感じで自分の学生時代の絶望感みたいのを描けないかな、と思って。もちろん、漫画なんか描いたことないわけですから、コマ割りもペンタッチもメチャクチャですよ。たまたま投稿した『週刊ヤングマガジン』が絵が下手でも載せてくれる心の広い雑誌だったんでラッキーでしたね。

ペン入れ2作目「おやすみ、幸せな夢が見られるように。」が「ヤンマガ月間新人漫画賞」奨励賞、ペンを握って300日で『週刊ヤングマガジン』本誌連載獲得となる。

1998年(平成10年)28歳

『週刊ヤングマガジン』に「おやすみなさい。」連載開始。(~2002年、全8巻)

『週刊ヤングマガジン』との専属契約解除。

2001年(平成13年)31歳

『コギャル寿司』で文藝春秋漫画賞受賞。

「妄想トラッカー8823」(『イブニング』2001年9月号 - 2003年13号)

2005年(平成17年)35歳

『週刊ヤングマガジン』に「チェリーナイツ」連載開始。(~2011年、全10巻)

2009年(平成21年)39歳

4月11日、イベント「ワイルドチェリーナイツ 〜徹底討論! 朝まで生童貞!〜(PM10時には終わります)」に出演。

8月29日、トークイベント「小田原ドラゴンVS古泉智浩 ワイルドチェリーナイツ名古屋編 〜徹底討論!朝まで生童貞!〜 *PM10時までに終わります。」に出演。

10月11日、ライブイベント「漫画家バンド大戦'09」のライブの合間に行われる紙芝居に特別ゲストとして出演。

2010年(平成22年)40歳

1月6日、「小田原ドラゴンのドキドキ生ラジオ」開催。

3月22日、紙芝居をテーマに競うイベント「紙-1グランプリ 2010」に参加。

7月22日、Ustream『チェリーナイツ』の作画中継(ヤングマガジン30周年特集)。

10月10日、BSフジにて『チェリーナイツ』が連続ドラマとして放映開始。

12月24日、「小田原ドラゴンのドキドキ生ラジオ」開催。

2011年(平成23年)41歳

7月17日、新宿ロフトプラスワンのイベント「こわれ者の祭典」にゲスト出演。

2012年(平成24年)42歳

7月15日、科学技術館で開催された、漫画家にその場で似顔絵を描いてもらえるTシャツ直売イベントに参加。

2013年(平成25年)43歳

1月14日、難波Meleにて「童貞たちの成人式」というイベントを開催。

3月24日、阿佐ヶ谷ロフトAのイベント「漫画家同士のガチバトル!無限2コマ地獄!」に参加。

8月26日、「天堂きりんとゆかいな仲間たち〜夏忘れ☆盆々ライブペイント〜」にゲスト出演。

2014年(平成26年)44歳

5月3日、科学技術館で開催された、漫画家にその場で似顔絵を描いてもらえるTシャツ直売イベントに参加。

2015年(平成28年)45歳

『週刊ヤングマガジン』に「ロボニートみつお」連載開始。(~2017年、全3巻)

8月26日、多摩市にある自宅マンションに無断で侵入したとして、27歳のファンの女が警視庁に逮捕される。容疑者とは1年ほど前に知り合い、電話やLINEでしつこく連絡するなどストーカー行為を繰り返し、8月中旬ごろから警視庁に相談していた。

取り調べに対し容疑者は「連絡が取れなくなったので会いに行った。犯罪になるとは思わなかった」と容疑を認めた。

2016年(平成29年)46歳

2月、第5回死刑映画週間「殺されていく命」が東京渋谷ユーロスペースで行われ、「九人の死刑囚」上映後に登壇しトーク

2018年(平成31年)48歳

やわらかスピリッツ』に「ぼくと三本足のちょんぴー」連載開始。

2020年(令和2年)50歳

ヤンマガWeb』に「今夜は車内でおやすみなさい。」連載開始。

ちょうどヤンマガがWeb漫画媒体を立ち上げようとしている時期に、そこで新連載をやらないかというオファーが来まして、編集者から「何かネタはないですか」って聞かれたときに「とりあえず何か言わないと」と思って…。

そのときにぱっと思いついたのが、『ぼくと三本足のちょんぴー』で北海道に行ったときにやってみて楽しかった車中泊からヒントをもらって、「車中泊の漫画はどうですか」って提案したんです。そしたら編集の方も「いいですね」というふうになって。

当初は完全にエッセイにするつもりでネームを描いていたんですけど、週刊連載なんで毎週毎週そんな面白いこともなくネタも思い浮かばないだろうし、毎週車中泊するのもしんどいし…。

というやりとりを編集者とはネームの段階でしていて、最終的に自分をモデルにした「シャーク小笠原」というキャラを作って、フィクションも混ぜつつ描いていこうという話になって始まっていきました。

2021年(令和3年)51歳

3月28日、高津マコトとYoutubeトークイベントの生配信を行う。

2022年(令和4年)52歳

10月21日、自身のツイッターで、自身の銀行口座から2千万円以上が差し押さえられ、身に覚えがない旨を報告。同日中に銀行に連絡をとった結果、年金未納による差し押さえであることが判明。

26歳まで勤め人をしていて、それからフリーになったのですが、確かに最初のうちは払っていたものの、20年近く払ってませんでした。まとめて払いたいという気持ちがよぎったこともあるのですが、調べてみると、過去に遡って払うことは難しい。今さら払ってもどうせ満額もらえないなら…と自分の中でなかったものとして、そのまま放置した結果、今回に至ります。ダメな人間ですみません

年金事務所からの)電話では『30万円ほど溜まってる』と言われましたが、ある日を境に電話はかかってこなくなり、年金事務所から封筒だけが2か月に1度くらい届くようになりました。今回ツイートしたことで、『督促状は派手な色使いで目立つものだから、見逃すことはない』というご意見もいただきましたが、特にそういった目立つ装丁の封書だった記憶はないです。ただただ、封も開けずに書類入れに溜めていき、嵩張ってきたら捨てていました。届くたびに、面倒だったり、不安な気持ちだったことは覚えています

いくらになるかやきもきしたままでいるのも精神衛生上よくないので、お金はなくなったものだと割り切って、引き続き日本一周の旅は続けていきます

11.1 北海道のコミュニティFMラジオカロスサッポロ「Mix Morning」に出演。年金未納騒動について語る。差押の後に年金事務所に行って50万円分遡って納付したこと、自分は年金はもらえないが以後は引き落としで納付する手続きをしたこと、引き落としの手続までは振込納付するが振込用紙を家に置き忘れてしまったことなど。

12.24 車中泊旅行のさなか、クリスマス・イブの夜に行ったTwitterのスペースにて、来年早々に新作を描く構想を明らかにする。ネームが出来たら複数の編集者に持ち込み、採用されなければネット上で有料公開する方針。