佐藤天彦九段、藤井聡太竜王に棋王戦挑戦者決定トーナメントで見事な勝利。
これだから将棋は面白い。価値のある勝ちと同時に、価値のある負けというのもあるのだなあと思う。本当によくできてるなと感心する。世界全体がこんな風に、物事が落ち着くべきところ落ち着く、というように進行していけばいいのだが。
騒 恵美子「ライブ・アット 騒 (GAYA) ─ 阿部薫、鈴木いづみ、フリージャズメンとの日々 ─」(DU BOOKS)
読む。
芥正彦というのは、「三島由紀夫VS全共闘」のビデオを見たときには、ダメな全共闘世代の代表選手のように思えて腹立たしかったが、阿部薫界隈では高く評価されているようだ。あの世代とはソリが合わないというか、阿部薫の芸術観にしても全共闘のマインドにしても、乗り越えるべきものだとは思う。とはいいつつその後の世代はまともに対峙もせず乗り越えることにも失敗し、結局このザマになっているわけだが。
鈴木いづみは、マイルス・ディヴィスと付き合ってたBetty Davisを思わせる。ベディ・デイヴィスのアルバムはファンクの大傑作なのに過小評価されている。鈴木いづみも語録やコレクションが出てリバイバルされるまではほとんど無視されていた。大森望が彼女のSF小説を高く評価しているのを知って意外だった。
十代の終わりから二十代前半にかけての一時期、ぼくにとって、鈴木いづみは世界で最も重要なSF作家だった。
ある意味で鈴木いづみは、はやすぎたサイバーパンクだった。…鈴木いづみは「いま」を描く作家だった。そしてそれは、当時のSFに最も欠けているものだったのだ。だから、彼女の登場は、はるかな未来や銀河の彼方をさまよっていたぼくにとって、はかりしれない衝撃だった。
鈴木いづみと阿部薫の双方とつきあいのあった、渋谷初台のライブハウス「騒(GAYA)」を経営していた騒恵美子による回想は、筆者自身を含めた登場人物たちの過剰な自我が絡み合った興味深い読み物ではある。そんな時代もあったのね、という程度の感慨は味わうことができる。
水道橋博士が重度のうつ病で議員を休職するとの報道を知り、「藝人春秋2 死ぬのは奴らだ」(文藝春秋)を改めて読み返す。
この中で博士は自らのうつ病を告白している。投薬治療でなくアメリカで効果の得たという最新治療の施設に通い、ヘッドギア装着による電磁波治療を続けていたことも語られている。
この本が出た後、2018年に博士は活動を一時休止した。たけしの事務所のお家騒動による心労が原因という報道もあったが、基本的にはうつ病の再発であったと推測される。
そして今回の休職。7月に参院選出馬を決意した後の、猛暑の中での連日の選挙運動の様子をブログで見ながら、心身を酷使しすぎではないかと心配していたが、懸念していたとおりのことが起こってしまった。
もちろんこれも一時的なものだと思うし、辞職でなく休職という判断は賢明なものだったと思う。まずは静養して治療に専念してほしい。
小田原ドラゴンの「今夜は車内でおやすみなさい。」という漫画は、心の弱った人に一種の治癒効果があるようだ。ぼくも、愛犬とともに北海道を車で旅している彼のツイッターを読むことで毎日癒されている。