War Is Over

 if you want it

今週のお題「やる気が出ないときの暴言」

結婚して子供を生み、そして、子供に背かれ、老いてくたばって死ぬ、そういう生活者をもしも想定できるならば、そういう生活の仕方をして生涯を終える者が、いちばん価値がある存在なんだ

吉本隆明「自己とはなにか」(『敗北の構造』所収)

街を歩いているときに書きたいことがよく湧いてくるのだがこうしてPCの前に座っているときには何も浮かばない。何を書きたかったか忘れてしまう。無理に思い出しても、そのときに持った印象は薄れてしまっている。頭に浮かんだ生きのいいときに書かないと文章が死んでしまう。

最近は「友人を無理に作らなくてもいい」「めんどくさい人間関係は切ってよい」という意見が幅を利かせるようになってきた気がする。ただでさえストレスフルな生活で人間関係のストレスをさらに荷重するよりは降ろしていく方がいいという考え方。その背景にはSNSで「つながっているような気分になれる」疑似的な人間関係が味わえるということがあるように思う。うちの息子もまったくリアルな友人はいないがTwitterやらvtuberとのチャットなどで完全な孤独から逃れているように見受けられる。SNS上の関係なんて実体のない幻のようなものだと言ったところで仕方がない。自分を肯定してくれ、承認欲求を満たしてくれる存在がどんな形であれ必要なのだろう。そういうものを否定するのもよくないのだろう。わたくし自身は今のような人間関係のない状態はそれによって生活に支障がでない限りにおいて快適以外の何物でもない。

こちらとしては、クリックしたらスムーズに反応してくれる以外のことをPCに求めるつもりはないのに、ちっとも言うことを聞いてくれない。フリーズされるほどストレスを感じるものはない。こっちの打ち間違いや操作ミスなら仕方がないが、ただ電源を入れて立ち上げてインターネットに接続したいだけなのにそれがスムーズにいかなかったり、検索の文字を打とうとして急にフリーズされたりすると破壊衝動との戦いになる。
余計な機能が多すぎるんじゃないかと思う。どうでもいいアプリとか必要ない広告やウイルスチェックなどのために動作が重くなってる気がする。ヴァージョンアップするたびにダウンの回数が増える。少なくとも自分のための更新でないことだけは確かだ。誰にとってのヴァージョン・アップなのだろう?
今の日常生活での最大のストレスはそれだ。それは幸福なことなのだろう。

朝のワイドショーでインボイス制度の解説をしていて嫌な気分になったが見続けた。せっかく昨夜録画したIVEのドキュメンタリーを見ていい気分になっていたのに(しかしウォニョンのスター性はやはりずば抜けてるなと思った)。インボイスは登録して消費税を払うのはとにかくめんどくさいしそもそも免税事業者なので登録する気もないし(どうせそのうち免税事業者の制度そのものをなくそうとするに決まっている)、何よりもこんなことに頭を占領されるのが嫌だ。何よりインボイス制度という誤魔化す魂胆ありありのネーミングが嫌だ。金のことで追い詰められるとそのことしか考えられなくなるのが嫌だ。みうらじゅんによると不倫してるとき(とそれがバレたとき)もそのことしか考えられなくなるそうだが、自分には無縁の話なので分からない。何もときめくことのない人生なんだからせめて金のことで苦しめないでほしい。消費税をなくすというならどんな政党でも入れるが共産党しか言ってなさそうなので死に票覚悟で入れないとしょうがない。れいわ新選組はいまいち信用できない。水道橋博士もいきなりうつ病で休職なんて何のために議員になったのか分からない。玉袋筋太郎はどう思っているのだろう。吉田豪に聞いてほしい。

イーロンマスクがTwitterを買収して社員を半分クビにしたそうだが印象操作によってあたかもそれがよいことのようにしているらしい。世の中のことは全て情報操作と薄笑いで成り立っているとフィッシュマンズの歌詞にあったが全くその通りだ。それにしても物事の核心に迫るラップをやってる奴がどこにもいない。大麻やって捕まるのが本物の証とか考えてるなら一生出てこないでほしい。ラディカルな意志のスタイルズの音源がほしい。

それにしても斎藤幸平の新刊「ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた」って明らかにタイトルだけでダメだろ。ナンシー関が薫まどかの「東京ヘップバーン」という本のタイトルだけで付け加えることなしって話を終わらせたのと同じレベルでアウトだろ。「リベラルははっきり言って頭しか使ってないからダメだよ。ハートとボディを振り絞ったリベラリズムが出てきたら投票するけど」という菊地成孔みたいな保守反動(?)への回答がこれかよ。何でこの本が売れているのか理解に苦しむ。ドヤりすぎだろ。
ヨーロッパで美術品や絵画にペンキをぶちまけたり食品店で牛乳を撒き散らしたりして話題性を狙った訳の分からない運動ごっこが流行ってるらしいが、明らかにダメだろ。
こういう勘違い連中が泣きを見て一掃された後に世界人類は初めてまともに絶滅問題に直面することになるのだろう。だがその頃にはもう手遅れだろう。株式市場が崩壊することを信じて一株たりとも買ったことのない自分は結句損を見ただけ。

Twitter見てたら真魚八重子『心の壊し方日記』というのがあって気になった。

本書は、兄の死とリボ払いの借金、母の認知症、夫の癌発症、自身の鬱とセルフ・ネグレクト、SNSでの大炎上と自殺未遂……など自身の5年間の体験を苛烈に綴ったエッセイです。

とのこと。不幸自慢には関心はないが町山広美と花房観音がお勧めしていたので。
この先あまりいいことがなさそうな人生と世界に対処していく心の免疫機能を少しでも強化することに役立つかと思って。

藤井風も椎名林檎も、あれほどのカリスマと万能感を持つ人たちですら謝罪に追い込まれる時代(椎名林檎は謝罪してないけど)。安全圏に立つ者は誰もいない。
ナンシー関だって今生きていたら炎上して鬱になって自殺未遂とかしていたかもしれない。

実際、ナンシーも一度炎上してるのだ。新聞に「子育てに陶酔してる母親はウザい」的なことを書いて。もちろんこんな乱暴な書き方はしていないが。彼女の文章の殺傷能力の高さは、今の、不満ガスを充満させた密閉小屋みたいなネット空間に放り込んだら、大炎上をもたらすこと必至である。

それで思い出したが、最近筒井康隆先生のツイートが音無しい気がする……