War Is Over

 if you want it

ワンピ

父親に殴られた記憶はないが、母親にぶたれたことはある。はっきり覚えているのは、幼稚園か小学校低学年の頃に、わざと母親を挑発して「僕なんか死んだほうがええやろ?」と言ったら反射的に顔をビンタされた。それまで叩かれたことがなかったのでビックリはしたが、泣いた記憶はない。むしろ嬉しかったのではないだろうか。泣いたのを覚えているのは、同じ頃に、母から「お前は冷血人間だ」と言われたときだ。そのときは父も一緒にいて、自分が泣いたのを見て驚いた父が、すぐに母に「そんなことを言うお前が冷血人間だ」と叱ってくれたので深い傷を負わずに済んだ。また別の時に、母が外出先から戻る前にわざと家を散らかして椅子をひっくり返したりして驚かせたこともあった。

これらの経験を総合してみると、幼かったころの自分は母親から注目され、愛されることに執着していたことが分かる。母と二人で買い物しているときに、店の中に貼ってあったあった歌手のポスターを見て、「お母さんに似ているね」と声を出して言ったこともあった。やはり自分の中にもエディプスコンプレックスはあったのだと思う。父親への憎しみを顕在意識で自覚したことはないが、潜在的にはあったのかもしれない。母から注目されたいとか愛されたいという欲求の裏側には、母から十分に愛されていないという欠乏感があったのだろう。

小学校一年生の時、下校時にクラスのやんちゃな二人組からずっとつきまとわれてからかわれて困っていたことがあった。あのまま発展したらいじめになったと思うが、早い段階で母がその同級生の家に行って親に強く抗議してくれたので収まった。そのときには口には出さなかったが深い感謝の念を抱いた。父は口数が少なく近づきにくいところもあったが、母とは友達のように気軽に話ができた。小学校高学年くらいからは単純な母の性格を馬鹿にするようになっていた。

専業主婦だった母は、一日中近所の奥さん連中とお喋りして過ごしていた。隣に引っ越してきた主婦とべったりになり、文字通り日がな一日喋っていた。二三軒離れた十歳位年下の若い夫婦の妻の方ともべったりになり、よく家に行き来していた。泊まりに来ることもあった。その女性は近所でも目立つ美人で、夫婦には子供がいなかった。うちに来て母と性的なことも話していたようで、その女性が帰った後に見ると、エロい雑誌が部屋の押し入れに隠してあった。うちに泊まって何をしていたのかは伺い知れないし興味もなかった。友達とのお泊り会のようなもので、父親と関係があったとは思えないが、性的な匂いが全くなかったともいえない。

その女性から直接的に誘惑されたことはなかったが、泊まる日の夜にワンピのパジャマ姿で話しかけてきたりして、こっちにその気があればそういうことになっても不思議ではない場面もあった。だが当時はこっちはまだ小学生で、何も分かってなさ過ぎた。一度二人がソファーに腰かけていて、こっちは足を伸ばしてソファーのひじ掛けにもたれるような体勢だったように思う。自分が立ち上がろうとしたとき、何かの弾みで足がその女性のスカートの中に入ってしまった。彼女は「何してるの!」などと大げさに騒ぎ立て、明らかに喜んでいるように見えたが、こっちは気まずい思いをしただけだった。また別の日に彼女が遊びに来て、なぜかシャワーを浴びて帰るという話になり、そのとき母から「一緒に入ったら」みたいなことを言われ、断ったことがあった。その場面には父もいたように思う。単に子供を揶揄ってみただけなのは明らかだったが、何か気持ち悪い感じがした。襲われる心配のない子供に対して性的な仄めかしをするという行為は広義のセクハラに該当すると今になると思う。

たぶんこの女性は夫との性的関係に問題を抱えていたのだと思う。三、四年生の頃に、この夫婦と一緒に一度遊園地に遊びに行った(行かされた)ことがあった。その女性と二人でボックスに入って吊り下げられ回転したりするものに乗り、自分はそういうのが心底苦手なので生きた心地もせず恐怖で青ざめていたが、彼女は一人でキャーキャー騒いでいた。夏休みの思い出か何でこのことを作文に書いて学校に出したのを覚えている。当時は自分は外食と言えばざるそばしか食べなかったので、ご馳走してやろうとしていたのが肩透かしを食わされた夫から「変わった子だな」と呆れられた。この男性と会ったのはこのときだけだが、今思い返せば「青白きインテリ」という表現がふさわしく思えそうな印象が残っている。この夫婦はその後、夫の仕事の都合か何かで郊外に引っ越し、夫が交通事故か何かで亡くなったと聞いた。