War Is Over

 if you want it

Die Psychoanalyse von Kenta Nishimura

西村賢太私小説について、エセ精神分析的にやってみる。

あくまでもお遊びなので、西村賢太ファンの方及びサイコアナリーゼを真面目にやっている方は怒らないでください。

まず「北町貫多」というネーミングについて。

この名前が、作家の本名である「西村賢太」の〈もじり〉すなわち〈言い換え〉であることは明らかだろう。命名自体は意識的な行為であり、「言い間違い」とは異なるが、そこにも作家の無意識(深層心理)の作用が疑いなく示されている。

そこには以下のような〈言い換え〉が働いている。

 西 West → 北 North

 村 Village → 町 Town 

 賢 Wise → 貫 Through

 太 Fat    → 多 Many 

この<言い換え>の中に、作家が私小説の中に(無意識のうちに)自己をどのような存在として投影しようとしたのかが示されている。

<西>から<北>の言い換えは、即座に<北枕>のような言葉を連想させる。これは主人公の出自の中にある<不吉なもの>、<忌まわしきもの>の投影である。

主人公は父親の性犯罪とそれに起因する家庭内暴力、家庭崩壊、学歴の放棄(中卒)という刻印を背負わされており、これがすべての私小説の背景にある。<北>という言葉が喚起する寒々しさ、冷たさといったイメージが、こうした暗い過去を持つ主人公に投影されているのである。

<村>から<町>への言い換えは、村落共同体のような<閉じられた社会>から匿名性のある<開かれた都会>の中へ紛れ込みたいという欲求の表れである。つまり、忌まわしい自分の過去を知ることのない他者の中で生活することへの欲求の顕在化であり、同時にそれは、家族的な甘えが許されない冷徹な<社会>へと自己を晒すことでもある。

<西村>を<北町>とすることにより、己の生活と心情を吹きっ晒しの世間の中に曝け出し、露悪的なまでに表現していくという作家の厳しい覚悟といったものがそこに見て取れる。

<賢>から<貫>への言い換えには、己の賢しらな心を捨て去り、市井の凡愚に徹して生きようという思いが込められている。<貫>という言葉は、<ぬく=抜く>とも読め、間の抜けた、同時に愛すべきキャラクター性がある。勘吉、寛平といった名前には、三枚目の響きもある。ちなみに西村の私小説の原型といってもいい、「私家版田中英光研究」に発表された「野狐忌」という小説では、主人公に「北町貫吉」を名乗らせている。

最後の<太>から<多>への言い換えが最も興味深いのだが、ここには何を読み取ることが可能だろうか。読者の皆様にも考えて頂きたい。

西村の私小説フロイトの欲動論を当てはめて、ナルシシズムサディズムマゾヒズム、エロスとタナトス(死への欲動)などの観点から論じたら面白そうだと思うが、とてもまだ真似事にもならないのでまたいずれ。