INSTANT KARMA

We All Shine On

シビル・ラカン『ある父親―puzzle』

ラカンの娘、シビル・ラカンが書いた『ある父親―puzzle』晶文社、1998)を読んでいるが、記述が思った以上に主観的で、ラカンを知るには殆ど役に立たない。

だがこの本から分かる事実もある。ラカンは最初の妻との間に3人の子供(長女カロリーヌ、長男チボー、二女の著者シビル)がいて、1940年に著者が生まれる頃には夫婦関係は破綻しており、シビルが生まれた直後に、ジュディットという娘が生まれた。ジュディットの母親はジョルジュ・バタイユの妻で、ジュディットは後にラカンの後継者とされるジャック・アラン・ミレールと結婚する。

シビルは父の不在に苦しみ、思春期を迎えるころから抑うつ状態に悩まされるようになる。父(ラカン)の勧めで精神分析を受けたりもするが状態は改善しなかった。

フランスでは普通のことなのかもしれないが、ラカンには愛人が何人もいて、シビルに紹介した精神分析医もラカンの愛人だった。そのことを知ったシビルは彼女の分析を行くのを止める。シビルは父と会う約束をして、元妻の家にいるシビルの元を訪ねる前にラカンが愛人とホテルから出てくるのを見て幻滅したりもしている。

そんなことがありつつも、ラカンとシビルは時折は会っていたようだ。シビルも父のことを決して嫌ってはいない。しかしラカンの晩年に、手術をするのでお金を借りにいったらにべもなく「ノン」と言われたという。その頃のラカンは、誰に対しても「ノン」としか言わなかったと後に秘書から聞かされた。

シビルは年の近い異母妹ジュディットに複雑な感情を抱いていたが、それももっともなことだろう。ラカンは自分の診察室にオフィスにジュディットの大きな写真を飾っていた。それはシビルには「これが私の娘です。たったひとりの娘です。私の愛娘です」とラカンが告げているように思えた。

この本を読む限り、ラカンは前妻の元に残した娘に対して必要最小限の愛情を与えてはいるが基本的に自分の感情と生活を優先する冷酷な男にしか思えない。もちろん人間性と思想の価値は無関係だが、ラカンが倫理的な模範になるような人物とは程遠かったことだけは分かった。ただ最初に書いたようにこの本は余りに主観的で断片的なのでラカンという人間をトータルに評価する材料としての価値には乏しい。