INSTANT KARMA

We All Shine On

Anti-anti- natalism

つげ義春が描く世界って、退廃的に見えるけど、あの墨ベタとか塗りまくりの絵にはすごくしぶとい実存的なオーラがあって、実はものすごく、生きる、生きているってことを描いている漫画だと思う。もうどん底でボロボロに、ドロドロになりながら、こんなに悲惨なのにそれでも生きてます、死にませんっていう漫画。

だからこそ、どん底にいた私が、もう死んじゃいたいくらいのギリギリのところで、「わかるわかる、生きるってこういうことだよね」と思いつつ読んだんだと思うんです。

ーーヤマザキマリ(マンガ家)

つげ義春 賛江 偏愛エッセイ・評論集」(山田英生編、双葉社、2023)に収録されている古書店主・青木正美のエッセイの中に、意外な名前が登場する。

調布の駅前喫茶店でつげと待ち合わせた青木は、いろいろと話を聞きだしていくうちに、こんな証言を引き出すことに成功する。

「……断ったって言えば、藤澤清造の『根津権現裏』って本がありますね。その復刻版の装幀を頼むって話がありました。装幀は一度もやったことがありませんし、こんな状態でしたのでお断りしました」

こんな状態というのは、昨年(1999年)の秋に癌を再発し二年間つききりで看病していた妻(藤原マキ)を亡くし、虚脱感に陥っていたことをいう。

根津権現裏」の装幀の話があったのはいつ頃か定かでないが、青木とこの話をしたのが2000年1月29日だから、その少し前のこととも考えられる。

西村賢太が編集した藤澤清造全集内容見本」の発行は2000年12月である。もしかすると西村が、朝日書林あたりを通して、つげに装幀の打診をしたのかもしれない。

というより、藤澤清造の復刻版というマイナー企画とタイミングを考えると、西村としか考えられないのだが。もし西村賢太つげ義春に「根津権現裏」の装幀を依頼する手紙が残っていれば歴史的価値のある書簡であろう。

ちなみに、このエッセイを書いた青木正美が自身の著書『古書と生きた人生曼陀羅図』を「煉瓦」の同人であった西村賢太に送ったところ、とても丁寧な礼状が届いたという。

西村氏に対して、私には複雑な心の葛藤があった。昔『煉瓦』という同人雑誌があった。すれ違ってお会い出来なかったが、西村氏も同人に加入、『煉瓦』に発表した氏の作品はすぐ評判になり、引き抜かれる形で独立、数年後には芥川賞を取る。私にはすっかり敷居が高くなり、いつも贈本が躊躇された。「ただ今度の本だけは絶対に読んで貰いたい。感想などくれないだろう」。それが、手紙には「同人誌の頃はお会いさせて頂く機会もなく御挨拶の非礼を」・・・に始まり、「貴重な記録」「スリリングなスタイル」そして「余人には真似の及ばぬ手練の作品」・・・と、まるで夢のような言葉までがあった。(上記ブログより)

西村の「日乗」にも、2020年3月22日(日)の欄に

青木正美氏の最新刊「古書と生きた人生曼陀羅図」(日本古書通信社)読む。同人誌「煉瓦」時代の、大先輩となるかたの御著。実に面白くてたまらず、七百ページの大冊を五時間ぶっ通しで没頭し、読了。

とある。

先日のブログに、西村賢太私小説的作風で川崎長太郎を愛読するつげ義春についてなぜか言及していないということを書いたが、もし西村が「根津権現裏」の装幀を依頼していたのだとしたら、つげのことを非常に高く評価していたということになる。

もっとも藤澤清造というマイナー作家の復刻版だから話題性を狙ったのだろうと考える方が自然だろう。十年以上休筆していたつげが装幀を手掛けたとなれば藤澤の小説以前に大きな話題となるに決まっているから。それにしたってあの西村賢太が「根津権現裏」の装幀を任せるのだから最高に評価する作家であったことには違いないだろう。

そしてこれが事実なら、内容見本を作った藤澤清造全集とは別に、「根津権現裏」単独の出版も計画していたことになる(或いはそちらが頓挫したために全集の発行に集中することにしたのかもしれぬが)。

それにしても、2000年当時に藤澤清造と「根津権現裏」のことを知っていて当たり前のように語り合えるというのは、青木氏は古書店主なのでまあ分かるとしても、つげ義春も相当な私小説マニアであったのだなということが分かる。

しかし、歴史に<もし>はないとはいえ、もし、つげ義春が装幀を引き受けていたらどうなっていただろうか。こだわりの強い両者の個性がぶつかり合って、結句完成には至らなかったのではないかという気がしないでもないが・・・

 

2月20日追記

ネットで調べたら、2001年に龜鳴屋から『藤澤清造貧困小説集』が出版されていて、表紙絵・扉絵をつげ義春が手掛けている。

だから上記の「根津権現裏」の装幀の話もそちらかもしれない。関係者もご存命なので調べる気になれば分かる話ではある。