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『河内山宗俊』

神保町シアター山中貞雄監督の『丹下左膳余話 百万両の壺』[4Kデジタル復元・最長版] と『河内山宗俊』[4Kデジタル復元版] を観た。この上映のあることを知ったのは先日岩波ホールで見つけたパンフレットで、山中貞雄監督のことは図書館で借りた坪内祐三『文庫本を狙え』で知った。映画については無知なので、山中貞雄という名前すら知らなかった。こんなに短期間に〈つながる〉のも何かの縁と考え、観に行くことにした。

 

最初は原節子の出ている『河内山宗俊』だけにしようかと思い、直前にアマゾンプライムで無料で見れることも分かったのだが、結果的には二本とも観て良かった。客席はほどよく空いていて、熱心な映画ファンと思しき初老の人が多かった。見た二本の映画が余りにも良かったので、家に帰ってアマゾンプライムで現存する山中監督作品の最後の一本『人情紙風船』も見た。これも無論良かった。

 

山中監督の作品で現存するのはこの三本しかないが、それでも日本映画史に巨大な影響を与えているのは納得である。映像の劣化やや音声の聞き取りづらさはあるにしても、どの作品も今見てもまったく古びていない。『丹下左膳余話 百万両の壺』は人情ものコメディーで、『河内山宗俊』は喜劇的な部分もあるが全体としては悲劇であり、『人情紙風船』になると、もう救いというものを感じさせないペシミズムに溢れた映画である(山下達郎は『人情紙風船』が生涯ベストワンの映画らしい)。この映画を撮った翌年に山中は召集された中国戦線で戦病死していることを考えると何ともやるせない。

 

河内山宗俊』と『人情紙風船』はいずれも主演男優二人が同じ(河原崎長十郎中村翫右衛門)である。それぞれ具体的なキャラクターは異なるが、ざっくり言えば、全員浪人であり、生きる目的を失ってフラフラとモラトリアム生活を送っている男達である。そんな男達がそれぞれに死に場所を求めて彷徨う話だと解釈すれば、山中貞雄の実人生に照らし合わせるとますます切なくなる。

 

河内山宗俊』で最も印象に残ったのは、弟の仕出かした不始末で遊郭への身売りを強いられた少女(十五歳の原節子が演じる)を救うために浪人二人(河内山と金子市之丞)が共謀するシーンで、金子が照れ笑いしながら放つセリフ

 

「わしはな、これで人間になった気がするよ。人のために喜んで死ねるようなら、人間、一人前じゃないかな(笑)」

 

と、最後の大乱闘の最中に金子が河内山に言うセリフ

「ここがわしの潮時だ。人間、潮時に取り残されると恥が多いというからな」

 

だ。

ここの中村翫右衛門の演技が絶品である。つまりまったく演技を感じさせない。こういう真実の言葉を実人生で言う機会があったら、人はそのとき必ず照れ笑いしながらであったり、舌をもつれさせ、歯をガチガチ震わせながらであったりする。彼らは、人がその人の人生で一番大事な言葉を発するときに、そうでしかありえないような形で話している。

 

時代劇で似たようなシチュエーションはいくらでもあるし、その後の映画やドラマにもこういうセリフはいくらでも出てくるだろう。しかし、この映画のこの場面のリアリティに匹敵するものはたぶん存在しない。

 

『人情紙風船』については別に書きたい。