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ある女優の告白(8)

「森林保護運動の現場に身を置いていた時もある筆者は、いつしか厳然たる一つの結論を認めざるを得なくなっていった。つまり、現実世界がこれほど苛烈なのは、単に人間(ヒト)という一動物種の欠陥に因るのではなく、存在世界そのものがどこかその根本から間違っているのだ、という確信にも似た認識である。」

(『全一の展開 末端の必然』亀谷稔)

 

大衆というものは、流れに漂う水草さながらに、あてどなく行きつ戻りつ、潮の変化に身を任せ、流転の内にみずから腐っていくものです。

 

ひとは生き生きとした心のはたらきを失うと、内面に雑草が生えてきます。かつての人気者もひとたび落ち目になると、誰ひとり見向きもせず、見る影もなくなるまで放っておいて、やがて世間から姿を消してしまうと、初めて惜しい人物だったなどと言う始末です。

 

わたしはアントニオーニ監督に手紙を書き、日本で演劇、ドラマ、映画をはじめとするまったく新しい総合プロデュース事業を立ち上げたいので協力を求める旨をしたためました。

 

わたしがそのような活動を思いついた理由は、わたし自身が演技の場をつくりたかったこともありますが、日本の俳優や女優が不当に芸能プロダクションの支配下にあり、芸能界の悪しき慣習によって自由な活動を阻害されていると感じたからです。

 

なぜこうしたことが生じるかというと、それは芸能プロダクションが芸能人を雇用する立場になっているためです。芸能人は、あくまでも芸能プロダクションの被雇用者、つまり契約社員であることがほとんどです。

 

テレビ局や広告代理店などのクライアントも、芸能人個人ではなく芸能プロダクションと取引をします。もし退社して個人事務所などを立ち上げれば、所属していた芸能プロダクションから圧力がかかることもあります。「おたくが○○を出演させるなら、うちのタレントは今後すべて引き上げる」ということです。また、そうしたことを見越して、テレビ局や代理店が自粛するケースもあります。なんにせよ、旧所属先とのパワーバランスによって、その後の仕事の多寡が決まってくるのです。

 

しかし世界的に見れば、日本の芸能界のあり方は非常に独特と言わざるを得ません。たとえばアメリカには「芸能プロダクション」はありません。アメリカで働く芸能人は、最初から独立した個人として活動するからです。

 

アメリカで芸能プロダクションの代わりに存在するのは、エージェント、あるいはその組織であるエージェンシーです。これは芸能人の窓口となる代理人であり、成功報酬を受け取ることで成立するビジネスです。芸能人は、このエージェントと個々に契約して仕事を進めます。つまり、アメリカの芸能人とは、被雇用者ではなく雇用主なのです。

 

芸能プロダクション単位で仕事が動く日本では、大手に所属すればするほど有利となるようにできています。たとえばドラマでは、主演俳優と抱き合わせで若手俳優を4番手や5番手の役で出演させることが一般的です。同じプロダクションの俳優を使うために、原作にはない役をドラマでわざわざ創らせることも珍しくありません。いわゆる“ゴリ推し”と呼ばれるものです。大手のプロダクションは、こうして次世代の俳優を成長させていきます。わたし自身、日本での初主演映画ではそのようにしてデビューしました。

 

抱き合わせ商法はアメリカでも珍しくありません。エージェンシーは、俳優だけでなく映画監督や脚本家も抱えていて、それらをひとつのパッケージとして映画会社に売り込むのが普通です。俳優としては、大手のエージェンシーと契約すればするほど有利となります。ただし、ここでも主導権を握るのは芸能人であり、芸能プロダクションではありません。

 

被雇用者である日本の芸能人と、雇用主であるアメリカの芸能人――この違いは、活動の自由度において大きく顕れます。日本では独立することにリスクが伴いますが、アメリカではエージェンシーとの契約はいつでも打ち切れます。あくまでも主導権が芸能人側にあるのがアメリカ、芸能プロダクション側にあるのが日本なのです。

 

このような違いは、組合の有無や公正取引委員会の機能などの社会的基盤によるところが大きいといえるでしょう。アメリカではエージェンシーと契約する前に、必ず組合であるSAG-AFTRA(「映画俳優組合─アメリカ・テレビ&ラジオアーティスト連合(Screen Actors Guild-American Federation of Television and Radio Artists」)に加入しなければなりません。 最低賃金なども組合によって保証されます。しかし日本の芸能界には、声優が中心となる日本俳優連合を除けば、主だった組合はありません。

 

また日本の公正取引委員会は、アメリカの公正取引委員会に比べて、芸能界に対して影響力を示すことはほとんどありません。芸能人が独立してその活動を妨害されれば、本来それは独占禁止法の「不当な取引妨害」に抵触するはずです。実際に日本の公取委に問い合わせたところ、「独占禁止法はあらゆる事業体が対象になります。参入妨害や排除など公正な競争を妨げる行為があった場合には、当然、対象になります」との回答も得ましたが、適用される気配は一向にありません。

 

日本の芸能界と似たシステムを持つ韓国では、特定の芸能人に対して露骨な圧力が続いたことにより、法改正にまで至った経緯があります。

 

2010年、人気男性グループ・東方神起を脱退した3人のメンバーは、JYJとして独立しましたが、前所属プロダクションであるSMエンタテインメントの圧力により活動ができない事態が続きました。この状況を重く見た野党の国会議員が放送法改正に乗り出し、放送法が全会一致で改正され、圧力をかけた者に罰金が科される規定ができました。具体的には韓国・放送法85条に、「放送事業者の従業員以外の者の要請により(略)放送番組制作と関係のない理由で放送番組に出演をしたい人を出演させないようにする」ことが「禁止行為」として新設されました。違反した場合は、是正命令を下すか、または売り上げの2%以内の課徴金を賦課されます。

 

韓国の芸能界は、日本をモデルとしてきたことで知られます。グループアイドルの形式や早い段階からの育成などはもとより、芸能プロダクションがタレントを抱えるシステムも日本とほとんど同じです。

 

JYJだけでなく、韓国芸能界では過去にはKARAの独立も大きな騒動となりました。そうしたときしばしば使われるのが「奴隷契約」という表現です。判断能力の乏しい10代半ばの未成年者が、不利な立場で芸能プロダクションと長期の契約を結ぶことが問題視されました。そしてたとえJYJのように独立しても、その後の活動は不利な状況となります。これも日本と酷似しています。

 

韓国芸能界は、JYJやKARAが社会的に問題視されることで、急速に状況を改善しつつある段階だと言えるでしょう。法改正するほどの動きを見せたのは、芸能が国にとっての主要産業であり重要なソフトパワー政策だという認識もあるからだと思います。

 

対して「クール・ジャパン」のお題目のもとにコンテンツ輸出およびソフトパワー戦略を活性化してきた日本では、芸能界に存在する「奴隷契約制度」がいまだにさほど大きな問題だとは捉えられていません。しかし、日本の芸能人も、韓国同様ほとんどが10代から芸能プロダクションに所属し活動を始めます。その最初の選択で、後の人生を大きく左右してしまうリスクがあるのです。

 

わたしは、こうした日本の悪しき芸能界の慣習を突き崩す一助として、志を同じくする仲間たちを募って、これまでのくびきから自由になって、舞台や映像、ひいては音楽、出版など、ジャンルに捉われずに活動していきたいと考えたのです。

 

それには夫である世界的巨匠アントニオーニ監督の助力が必要でした。彼はできることは何でもすると気持ちよく援助を申し出てくれました。

 

イタリア、アメリカをはじめ世界中にいるアントニオーニの信奉者たち(俳優、女優、スタッフ、演出家、プロデューサー)が続々と来日し、さまざまな舞台や映像作品の企画を提供してくれただけでなく、アントニオーニの知り合いの経営コンサルタント、会計士、税理士、弁護士などが実務的な面も取り仕切ってくれました。

 

すべてがトントン拍子で順風満帆に進み、初公演は、没後400年を迎えたシェイクスピアの『アントニークレオパトラ』に決定しました。

 

主演はアントニーに日本の某若手実力派人気俳優、クレオパトラがわたしです。

 

フェラーリとブルガリの重役が来日してスポンサー契約を結び、日本公演のあとは彼らの全面的サポートの下でイタリアをはじめ欧州公演ツアーを行うことも決定しました。

 

日本の若手俳優に機会を与えるため、あらゆる配役についてできるだけオープンな条件で何度もオーディションを行いました。所属事務所について考慮することは一切せず、純粋に演技力と俳優のポテンシャリティだけを判断材料にしました。この公演に出演するためだけに所属事務所を辞める俳優さえでてきました。独立騒動を起こして事務所との契約が切れた才能ある若手女優もオーディションを受け、クレオパトラの侍女カーミアンの配役をゲットしました。

 

何もかも前途洋洋でしかありませんでした。そのように見ない人がいたらまったく愚かとしか言いようがありません。

 

世間の人々はいつも私の成功を信じられないと驚きの目を見張りますが、わたしは自分が<直観>にしたがって行動を起こすときに、それが成功することを一瞬たりとも疑ったことはありません。世の中の大半のひとびとは、成功者の幸運を羨むのみで、自分もまた望みどおりの成功を実現できるのだということを信じようとしないのですが、それは彼らがミラーニューロンと潜在意識のパワーを知らないからです。これについては後ほど詳しくお話しすることにします。

 

 

※今回の記事は松谷創一郎氏の記事『なぜ日本の芸能人は「独立」ができないのか』のパクリを参考にさせていただきました