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この世界の片隅に(4)

 

 

ユリイカ こうの史代特集号」と映画「この世界の片隅に」パンフレット購入。

 

読めば読むほど、この原作とアニメ作品の奥深さが分かってくる。

 

片渕須直監督は現役の航空史研究家でもあり、戦争中の軍事飛行機や軍港施設について専門誌に論文を執筆している。

 

アニメでは呉市の当時の写真や当時を知る人々の証言を元に、すべてが現実に即して再現されている。

 

アニメーションのコマ撮りにも、自然な日常感を出す「動きの質」を表現するために従来の手法ではない実験的なやり方を用いるなど尋常でないこだわりがあった。

 

作品に含まれている厖大な情報をひととおり整理するだけでも大変なことだ。

 

もちろんそういう予備知識なしでもストレートに感動できる。普遍的な芸術作品とはそういうものだ。

 

「のん」はとんでもない歴史的名作に遭遇したものだ。しかしそれも必然であったような気がする。

 

片渕監督は、原作をアニメ化する過程で、「これを絵空事じゃないものにしたい」と強烈に思ったという。

 

一番大事なことは、すずさんという人が本当にいる人なんだと、作り手たちが完全に信じ切って作らないといけない。

 

そのためには内面にすずさんと共通しているものを持っている役者さんに、すずさんを演じてもらうことが必要だと監督は思っていた。

 

普段は飄々としていて、舌ったらずなたどたどしさがあって、内気で言葉少なだけど、でも内側には色々なものを抱えていて、いざスイッチが入ると、すごく情熱的なところも出てくる。

 

そういう、「普段見せている姿や喋っていることがすべてではない」という肉体を伴った存在感を醸しだせる人を求めていた。

 

すず役の声優については、ギリギリまでオーディションをやったが、この特別な目標設定にハマる役者がどうしても見つからなかった。一体どうすれば画竜点睛を満たせるのだろうと思い悩んでいたときに、ずっと監督の念頭にあった「のん」に心当たりを通じてオファーしたら、どうにかアフレコ期間に間に合う位の時期にスケジュールが確保できた。

 

他の役の収録が概ね終わった後、数回のトレーニングを経て、4日間ですずの部分を別録りした。「このめぐりあわせは、本当に奇蹟的だった」と監督は振り返る。

 

すずは、一見ぼんやりして素朴なのんびり屋というキャラクター設定に見える。しかし「すず」役を演じることになった「のん」がまず最初に監督に質問したことは、すずというキャラクターの本質を突くものだった。

 

「すずさんの気持は表面的には読み取れるんだけど、彼女の内面にある<痛み>って何なんですか? そういうのがあれば教えて下さい」

 

それに対して監督はこう答えたという。

 

「すずさんは、自分の中身が空っぽであることが表に出るのが怖いんだと思う。けれども、空っぽに見える心の中の部屋にある床下を開けると、すごく豊富な宝物があることに気が付いてなくて、そこがすずさんの痛みというより痛さなんじゃないか。そこにアプローチできるのは、すずさんが右手で絵を描くときだけなんだ」

 

監督の「マイマイ新子」を見て役作りを考えたのんがまず言ったことはこうだった。

 

「すずさんというのは、新子ちゃんたちみたいな子供心をずっと抱えたままお嫁に来てしまったことを痛みとして抱えていて、なおかつそれが戦争によって踏みにじられてしまったという話なんですね」

 

この作品は、すずが子供であるという魂を持ったまま、どういう大人になっていくかという話なのだという解釈が、二人の間で一致した。

 

収録に慣れてきた終盤のシーンのある瞬間、のんがこう言った。

 

「この作品はすずさんのモノローグみたいに進んでいくんですけど、ここはモノローグじゃなくて、本当に口を動かして喋ってるんですね。今までのすずさんなら、絶対に口に出して言わないですよね。でもここで言っているということは、すずさんが変わったということなんですね?」

 

こうした監督自身もきちんと考えていなかったのんの質問や指摘を受けて、アフレコ後に作画をリテイクしたり、他の登場人物の演技を捉えなおしたりという作業が結構あったという。

 

原作にない、その後のすずたちが明るく生きている姿を、エンディングテーマに重ねて急遽描いたのも、物語のラストで、すずが戦災孤児を拾って「母親になる」というすずの大人への成長が映画の終着点として見えたからだという。

 

のんは、声優の話が来たときに見せられたセリフ抜きのパイロットフィルムを見ただけで泣けてしまったという。同時に、この映像に声をのせるのは簡単なことじゃないなとも感じた。

 

実写の芝居とは別世界で、体全部を使って演技をするときの表現が制約されて、声だけですべてを表現するのはとても難しかったという。

 

原作者のこうの史代インタビューでは、「当初、私の頭の中にあったすずさんの声は、少しひねくれたというか、もっと内に籠ったイメージだった」という。原作では、少女のまま嫁いできたとは思っていなくて、大人の女性として描いていたのだが、アニメになって少女と大人の境目の印象が強いキャラクターになったのは映画ならではの特徴だとか。

 

のんの演技を実際に聞いてみると、素直さが加わって、下手するとすごくグズな印象になるかもしれないところを、きちっと抑えるところは抑えられていて、芯のある子になっていたという。

「文字にならない『むむぅ』とか『ふへぇ』といった呻きみたいな声がすごくいい(笑)」とも。

 

声優のんばかりが脚光を浴びているが、この映画は、劇団「ナイロン100℃」所属で舞台でも活躍する新谷真弓(周作の母、北條サン役。広島県出身で方言指導に当たる)、広島県尾道出身の細谷佳正(周作役。軍法会議書記官)、黒村径子役の尾身美詞、原作のエピソードが割愛された白木リン役の岩井七世、黒村晴美役の稲葉菜月、水原哲役の小野大輔(のんも大好きな「おそ松さん」の十四松役!)など、どの声優も素晴らしい演技をしている。彼らが脇を固めていたからのんのすず役が光ったのだともいえる。

 

自分がこの映画の冒頭からぐっと来てしまったのは、この作品に詰め込まれた関係者のさまざまな「想い」の集積が目に見えないパワーで迫ってきたからだと思った(なんだかオカルトじみた話だが、この映画を見ること自体が一種の神秘体験のようなものだ)。そこでとどめを刺したのが「のん」の声で、一気に涙腺の防波堤を決壊させた。

 

この作品には、製作者の想いだけでなく、その背後に、あの戦時下に生きた無数の人々の「声なき声」が実在している。その「声なき声」を具体的な形にしたのが原作漫画であり、それに動きと色彩を与えたのがアニメ化作品であり、それに最終的な「声」を与えたのが「のん」をはじめとする声優陣だったのだ。

 

想いを形にして、それに生命を吹き込むというのが「アニメーション」の原義だとしたら、この「この世界の片隅に」という作品は、アニメーションという芸術形態の一つの理想を具現化したものではないかと感じた。