War Is Over

 if you want it

There's Others Here With Us

プリンスの死因は、よく知られているように、オピオイド系鎮痛剤フェンタニルfentanylの過剰摂取であった。フェンタニルは劇薬であり、ヘロインの50倍の強度を持つ。医師の処方がなければ入手できないが、偽造錠剤の形で違法なルートで取引されている。

彼の死亡後、自宅(ペイズリー・パーク)からは「ワトソン385」とラベルされた多量の錠剤が発見された。これはフェンタニルを示すラベルではなく、別の鎮痛剤ヴァイコディンVicodinに見せかけた偽造錠剤であった。プリンスは、自分が飲んでいるのがフェンタニルであるという自覚のないまま偽造錠剤で致死量を超えるフェンタニルを摂取していたと思われる。

死亡の前日にマイケル・シュレンバーグ医師Dr.Schulenbergのクリニックで行った検査ではプリンスの体内からフェンタニルは検出されていないことから、彼がクリニックを出た2016年4月20日の夕方から遺体が発見された21日の朝までの間にプリンスはこの偽装錠剤を飲んだと思われる。なお、4月初旬にシュレンバーグ医師はプリンスの側近カーク・ジョンソンの名義で鎮痛剤Percocetを処方しているが、これはプリンスのプライバシーを守るために行われたもので、フェンタニルの処方ではなかった。後に、シュレンバーグ医師は、カーク名義で薬を処方したことが違法な行為であったとしてミネソタ州当局に30万ドルの罰金を支払った。また、シュレンバーグ医師はプリンスの遺族からプリンスに対する過失致死として訴えられたが訴えは退けられた。

プリンスが病院でフェンタニルの処方を受けた記録はなく、偽装錠剤をどこから入手したのかを解明する手がかりとなる記録は一切残されていなかった。2年間の捜査の後、ミネソタ州検察当局は、フェンタニルの入手経路が特定できないため、刑事訴追を行わないことを発表した。

プリンスは自分の携帯電話を持たず、外部との交信には自宅の電話とEメールを使っていた。直近の数か月に彼が直接外部の人間とコンタクトして錠剤を入手していたことを示す交信記録は存在せず、側近の携帯電話の過去数か月分の通信記録にも手がかりとなる記録はなかった。当時のプリンスに最も近かったのは、側近のカーク・ジョンソンKirk Johnson、身の回りの世話をしていたメロン・ベクルMeron Bekure、プリンスのマネージャー、ファエドラ・ラムキンスPhaedra Lamkinsの3人であるが、3人とも遺体発見直後に刑事弁護人を雇い警察の事情聴取を拒んだ。

ペイズリー・パークに住んでいたのはプリンス一人であり、カークやメロンも夜には家(メロンはプリンスが近くに借りているホテルの部屋)に帰っていた。運転手や料理人も必要な仕事以外に来ることはなかった。彼の招きで滞在したゲストには直近ではジュディス・ヒルがいる。彼女はアトランタでの緊急搬送の時にもプリンスと共に行動していたが、プリンスの身体の痛みや薬物依存についてまったく気づいていなかったという。

カーク・ジョンソンは、ファエドラと話し合い、プリンスを薬物依存者のためのセレブ御用達の更生施設に滞在させることを計画していた。プリンスの死亡した日には、その施設長の息子アンドリュー・コーンフォールドAndrew Kornfieldがペイズリー・パークでプリンスと入所に向けた打ち合わせを行うことになっていた。4月21日の朝にプリンスの異変を通報するため救急病院に電話したのは、ペイズリー・パークに到着したばかりのアンドリューであった。プリンスの寝室には、日用品を詰めた旅行用バッグが置いてあり、彼自身リハビリ施設へ赴く予定であったことを窺わせた。

2008年から2014年までプリンスのマネージャーを務めたキラン・シャルマKiran Sharmaは、ファエドラとカークとメロンの3人がワッツアップWhatsAppというSNSで連絡を取り合っていることを警察の調べに応えて明らかにした。警察はその通話データを押収しておらず、キランからその情報を聞いてデジタル。アーカイブに問い合わせたときには、すでに過去の通話ログはアプリ会社によって削除された後だった。

キランは警察に対し、ファエドラとカークが、4月21日に警察の現場捜査の後でシュレッダーにかけた書類の入った8つの袋を持ちだしたという話を聞いたと告げた。キランの在職中にプリンスが薬物を常用していた気配はなかったと言い、一度プリンスが体が熱いと言って裸でペイズリー・パークの周囲を歩き回ったことがあり、それは彼が飲んだ薬に関係しているのではないかと思ったという。別の人物の証言では、それは2010年頃にプリンスが股関節置換の手術を受けたときに処方された鎮痛剤Percocetのせいではなかったかという。プリンスが鎮痛剤を大量に必要とするようになったのはこの手術がきっかけだったかもしれないという。

プリンスの部屋から大量の現金が発見されたという事実は、キランにとっては驚きだった。プリンスは家計の出費については倹約家で、現金を身の回りに置いたり持ち歩く習慣もなかったからだ。キランが聞いた話では、プリンスは亡くなる前の数週間、多額の現金をファエドラに持ってくるよう要請した。

2011年頃からプリンスのマネージメントに関わるようになったテオ・ロンドンTheo Londonは、2015年2月にプリンスの元を去るまでに、ツアー・マネージャーからお金の管理までプリンスから多くのことを任される立場にあった。テオとファエドラ・ランキンスはしばしばお金の使途などを巡って衝突し、あるときファエドラがテオを解雇して彼女の友人を雇おうとしていると聞いたプリンスは、それを阻止し、そのような権限をファエドラが持たないことをはっきりさせたという。

ファエドラはプリンスがワーナー・ブラザーズから「マスター(原盤)」の所有権を取り戻し、ユニバーサル・レコードと有利な条件で契約するのに手腕を発揮した。プリンスはその報酬に彼女にテスラを買い与えた。

テオは、ファエドラが4月22日にペイズリー・パークを封鎖したことを不審に思っていた。23日にテオがペイズリー・パーク内に入ったとき、カークが床にある何かを取り除かないといけないと言ったのが印象に残っている。テオはカークに、最後にコンピュータを使ったのは誰かと尋ねた。カークはPCのパスワード(プリンスがPeter Bravestrongという偽名で使っていたもの)を知っていたが、最後に使ったのはいつか思い出せないと言った。するとファエドラが、それは何とかなると言った。その言葉がテオには引っかかった。テオは、ペイズリー・パークでファエドラと一緒に働いていたとき、以前シリコン・バレーに住んでいたことがあり、知り合いに頼めばコンピュータをハッキングできると聞いたことがあった。

ファエドラはプリンスが亡くなった後のお金の支払いについて気にしていて、銀行に行く必要があると言っていた。テオはそれを聞いて、プリンスが死んだ直後にそんな話をするのかと思った。テオの在職中、プリンスは自分で支払いをすることはなく、すべてテオかファエドラに任せていた。ビジネスの資金管理をしていたのはファエドラだった。彼女はしばしばプリンスから命じられた支払いを拒むことがあり、例えばプリンスはジミ・ヘンドリクスの伝記映画の製作チームに10万ドルを提供しようとしたが、ファエドラは支払わなかった。

テオは4月23日にジュディス・ヒルと夕食を共にし、その席でプリンスの命を救う機会がなかったのかについて長いこと話し合った。ジュディスがファエドラに、アトランタの緊急搬送のときに医師がプリンスに至急医療的なケアが必要だと言っていたと知らせると、ファエドラは、プリンスはただ寝ていただけだと笑い飛ばしたという。

テオはプリンスのために菜食主義者のための栄養管理のできる料理人を雇い、プリンスに会いたいというメッセージの選別をする仕事もしていた。不適当な人物からのメッセージを伝えるとプリンスの逆鱗に触れるからだ。

テオが2015年に辞める決意をしたのは、あまりに多くの責任を負わされていると感じたからだという。あるときプリンスはテオにペイズリー・パークの修繕が必要な個所を案内して、建物管理をしてほしいと言った。プリンスは寝ないし、夜通しメールを送ってきた。彼が辞めることを知ったプリンスは激怒したが、もう肉体的にも精神的にも限界だった。

警察からカークについての印象を聞かれると、テオは、カークはファエドラの命令することを行っていただけだ、お金を管理しているのはファエドラだから、と答えた。彼は操り人形のようなもので、自分はカークが好きだし、誰もがカークを好きだが、彼自身は自分の考えというものを持っていない、と言った。

メロンについてはどうか、と聞かれると、テオは、プリンスとメロンは親密であり、彼が辞める直前に雇われたと答えた。

ラリー・グラハムについては、プリンスがラリーを友人として大切に思っていることは明らかで、彼の家を建てるためにいつでも100万ドルを用意してあると言っていた。ラリーがそのお金を受け取ったかどうかテオは知らない。

プリンスが何かを入手したいときに、彼が頼むとしたら誰か、という問いには、カーク、メロン、ファエドラ、とテオは答えた。

テオはペイズリー・パークのセキュリティについても話した。プリンスは誰かに見られていると感じるのが嫌で、自宅の監視カメラはすべて切られていた。電源を切らないと誰も携帯電話を持ちこんではいけなかった。彼はプライバシーを徹底して守った。

旅行するときには、自分のスーツケースはプリンスが自分で準備した、とテオは言った。出かける時には階段の下にある彼のスーツケースをただ車に運べばよかった。

プリンスは、自家用ジェットに乗っている時、自分のスーツケースを他人が絶対に開けないよう気にしていた。テオは、中にお金が入っているのだろうと推測していたが、中身を見たことは一度もなかった。

ジュディス・ヒルの証言では、アトランタ公演のときの自家用ジェットの中で、プリンスは自分のカバンの中からバイエル(ドイツの製薬会社)のラベルの付いたボトルを出していたようだという。カークは、飛行機の乗務員に、プリンスのカバンに触れないようにと念を押していたという。バイエルのボトルはプリンスの自宅からも発見された。そこにはフェンタニルの偽造錠剤が入っていた。プリンスはアトランタの緊急搬送先の病院で検査を受けることを頑なに拒んだ。ジュディス・ヒルがそのことでプリンスを問い詰めると、「ここで検査はできない」と答えるだけだった。

クリスタル・ゼヘトナーCrystal Zehetnerは、2010年にキランからの誘いでプリンスの料理人になったが、その後マネージメントに関わるようになった。今はファエドラが行っているような会計や著作権の管理やツアーの仕事や公私にわたる仕事を引き受けていた。

彼女が辞めたのは、プリンスの薬物のことが原因だった。

プリンスは股関節が傷み、ペイン・クリニックの治療を受けていた。彼は手、腰、足、背中、臀部のすべての痛みに苦しんでいた。クリスタルはしばしば自宅に医者を呼ぶように頼まれたが、彼が医者と話す時は必ずスタッフは部屋の外に出るように言われた。

プリンスは、尻が痛いとかB12(カンフル剤)を打ってほしいからと言っていたが、クリスタルはなぜ医者を呼ぶのか真の理由に気付いていた。

医者はLAでもミネソタでもツアー先でも呼ばれた。警察はクリスタルに、どの医者を呼んだのか教えて欲しいと再三訊ねたが、彼女は分かれば連絡すると言うだけで、とうとう連絡することはなかった。

クリスタルは、典型的な症状として、突然の体重減少、気分の落ち込み、「自分のいる場所がよくない」という気分などを挙げた。プリンスがペイン治療から離れることに成功した時期もあったが、それが長く続かなかったことで、彼女が辞める結果になった。彼の気分のムラについていけなくなったという。

このことはある程度の期間プリンスに関わった人なら誰でも知っているという。警察が調べないといけないのは、決して調べに応じないような人々なのだ、とクリスタルは言った。真実を知っているのはそのような人々であり、彼の周囲にいて、彼に「ノー」と言えない人々こそがそうなのだ。そのために彼は死んだのだ、とクリスタルは言った。

スタッフはプリンスを守ろうとしていた、と彼女は言う。しかし医者以外のところで手に入るのであれば、彼は直接連絡したと思う、と。

クリスタルは辞める時、ファエドラに、自分はプリンスの麻薬取引に関わるつもりはないとはっきり言ったという。プリンスが死んだとき、ファエドラは彼女に「今になってあなたの言っていたことの意味が分かった」と言ったという。しかし彼女はファエドラを責めるつもりはない。プリンスは一人の大人なのだ。しかし、周囲の人々が彼に何が起こっているかを知らなかったとは思わない、とクリスタルは言った。

カークについては、マネージメント能力に疑問はあるものの、彼はプリンスの古い友人の一人で、最も信頼されていた。カークはプリンスが鎮痛剤を使っているのを知っていたことは間違いないが、プリンスを守ろうと彼にできる最善を尽くしていたと思う。彼がプリンスのためにドラッグを入手していたとは思わない。

クリスタルは、4月20日、プリンスが死ぬ前の日にカークと交わした会話を覚えている。カークから電話で、彼女は事態の深刻さを悟った。カークはどうすればいいか分からないと訴えていた。プリンスはたくさんの問題を抱えていて、自分は最近までそれを知らなかったとカークは言っていたが、クリスタルはそれは信じられない、と答えた。

クリスタルは、カリフォルニアの何人かの知り合いに頼んでプリンスを施設に受け入れてくれるよう頼んでみると申し出たという。彼女は、プリンスをトルコかカイロに連れて行き、周囲の騒ぎが届かないようにしてほしいと言った。何よりも、今の家から連れ出すことだ大切だ、と話した。

その翌日にプリンスは死んだ。

クリスタルは、プリンスはあんな風に死ぬべきじゃなかった、彼にはもっとふさわしい人生があったはずだ、決してメディアや前面に出てこない人々こそ語るべきだ、と言った。

彼女は警察にそう話した1年後、ABCテレビの「20/20」に出演してプリンスのツアーでの生活や私生活について証言した。