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Mayte Garcia回想録(2)

マイテの回想録によれば、プリンスはしばしばマイテに催眠術をかけて、トランス状態になったマイテと会話していたという。もちろんマイテもそれを望んでのことだ。スピリチュアルにハマっていたプリンスは、マイテが前世でエジプトの王女で、前世の自分と関係があったなどと言う空想をほとんどリアルに信じていた。マイテもそのストーリーをプリンスと共有できるほどのドリーミーな性格であった。

1996年のバレンタインデーに結婚した二人は新婚旅行にハワイへ。しかしバンドのメンバーも一緒に連れて行き、連日ライブの日程を組んでいたという。音楽(仕事)がないと生きて行けないプリンスらしい。新婚二日目にプリンスはマイテが妊娠したのではないかといって病院に行かせている。プリンスの子供への執着は異常なほどで、あまりにしつこく妊娠のことを聞いてくるのでマイテもキレそうになったという。

二人でアラニス・モリセットのライブを観に行った夜、マイテは気分が悪くなって家に帰り、検査キットで調べたら妊娠していると分かった。テレビを見ていたプリンスにそれを知らせると、プリンスは四つの異なった検査キットを並べてマイテに試し、全て陽性であることを確認すると、すぐに病院に行こうと言った。病院で妊娠を告げられた時のプリンスの歓びといったらなかった。その場でツアーをキャンセルし、胎児の心拍を録音するための医療機器を購入した。その音源は「Emancipation」に収録された「Sex in the Summer」の中で使われている。

妊娠を知らせたくてマイテがプリンスの父親の家を訪問し、何年も交流のなかった彼が初めてペイズリー・パークを訪問するという出来事があった頃から、ちょっと物事がおかしくなり始めた。ある日マイテはプリンスの姿が見えず探し回り、警備員が床にワインを撒き散らして嘔吐して倒れているプリンスを救急搬送したという出来事があった。彼は頭痛薬を飲み過ぎたのだと言い訳した。

二人は親になる為の教育ビデオを一緒に見て、育児について勉強した。プリンスは正しい栄養を取るためマイテに厳格な食事法を守らせた。子供の名前は、マイテがトランス状態で「子供の名前はAmiir」と告げたのでそれに決めた。Amiirアミールとはアラビア語で王子(プリンス)を意味する。

プリンスはインタビューで、子供を守る為に名前や性別は決して明らかにしないと明言した。

5月、マイテは出血し、病院に行った。何度か通ううちに、胎児に何らかの先天性異常がある可能性があるため、精密検査を受けるよう勧められたが、プリンスは「(子供のことは)神の御手に委ねる」といって流産の恐れがある羊水検査を拒否した。

プリンスとマイテは毎晩跪いて神に祈り、胎児の心臓の鼓動に耳を傾けた。プリンスはマイテが妊娠してからちょくちょくロサンゼルスに出かけ、そこに独身者用の家を購入していたが、マイテの気に障ったためにそれを手放した。

マイテの体重は異常なほど増加した。ある日病院で、胎児が小人症である可能性を告げられたが、二人ともまったく気にしなかった。医者は再び羊水検査を勧め、遺伝子異常について調べる必要性を説明したが、プリンスは「神の御手に委ねてある」といって拒否した。

前駆陣痛のため病院に行ったマイテは入院を勧められたが、プリンスは連れて帰ると言い張り、医師と口論になった。険悪な雰囲気になり、しまいには妊婦の健康の保障はできないという合意書にサインして二人は家に戻るため車に乗った。だがマイテは心配になって別の医者に行きたいと言った。そこでも入院を勧められた。事態の深刻さに思い至ったプリンスは遂に入院に同意した。プリンスは毎日見舞いに来てマイテを励ましたが、明らかに不本意な様子であった。プリンスが新作(Emancipation)プロモーションのために何日か日本に滞在したときマイテは正直ほっとした。その間も何度も電話をして数時間話すこともあった。

彼はプロモーションの反応に上機嫌で戻って来た。分娩(帝王切開手術)の日取りは10月16日に決まった。プリンスは手術服を着て白い被り物をして手術に立ち会った。その恰好を見てマイテは噴き出した。「あなたとても可愛く見えるわ」「知ってるよ」彼は医者に光が明るすぎないかと尋ねるなど気を配り、マイテの手を握り、顔を近づけ優しく囁き、励まし続けた。

長い長い時間の後、遂に胎児が取り出された。「男の子です!」その声を聞いた時のプリンスの顔は忘れられない。純粋な喜び、純粋な愛と感謝がそこにはあった。スタジアムで5万人の観衆を前にしたときの表情も、プラチナ・アルバムでミュージック・アワードを受賞した時の表情も、音楽を創造する恍惚の表情も、いま父親になった彼の顔とは比べ物にならなかった。

医者は赤ん坊を明るい光の中に持ち上げた。赤ん坊は完全に沈黙していた。何の泣声も上げなかった。マイテはこう書いた。「純粋に高揚した夫の顔は純粋な恐怖の表情に変わった」。

つづく