War Is Over

 if you want it

Ootani Yoshio's French Revolution

フランス革命の標語「自由、平等、博愛」の)リベルテとは何か? 自由である。いかなる自由か? 誰もが法律の枠内で好き勝手なことをするという、万人に同一の自由である。好き勝手ができるのはいかなる時か? 百万フラン持っているときである。自由は各人に百万フラン与えてくれるか? 否である。百万フランを持たぬ人間とは何か? 百万フランを持たぬ人間とは、好き勝手なことをする人間ではなく、好き勝手なことをされる人間である。となれば、どういうことになるか?

ドストエフスキー「冬に記す夏の印象」より

※「真の反資本主義パトスの特徴を帯びたブルジョア世界批判の書」(レオニード・グロスマン)

大谷能生フランス革命」(以文社ヤフオクで買った。

現代の先端を駆け抜ける表現者たちと繰り広げた「フランス革命」の完全ドキュメント。

近年、その多岐にわたる活動により注目を集める大谷能生が、2005年07月~2006年07月(パリ祭)までの1年間、渋谷のカルチャー情報発信地「UPLINK FACTORY」において毎回異なるジャンルのゲストを迎えるマンスリー・イベント『大谷能生フランス革命』を行った。

本書では、パフォーマンスとトークによって構成された濃密なイベントの全編を豊富なテキストとヴィジュアルで徹底的に再構築する他、新進のエディター/ライター・門松宏明が目撃した各回の状況を伝えるドキュメント日誌を併録。巻末には、批評家の佐々木敦を迎えて一年間の歩みを振り返る「後書き鼎談」を収録。全方位的なジャンルを覆う、革命家たちが見据える新たな風景とは!?

【登場する人物】
第1回  冨永昌敬(映画監督)
第2回  ばるぼら(ネットワーカー)
第3回  岡田利規(劇作家/演出家/小説家)
第4回  岸野雄一スタディスト)
第5回  志人(誌人/降神MC)
第6回  宇波拓(音楽家
第7回  RIOW ARAI(トラックメイカー/プロデューサー)
第8回  西島大介(マンガ家)
第9回  小川てつオ(アーティスト)狩生健志(作曲家/ギタリスト/レコーディングエンジニア)(音がバンド名)(サウンドパフォーマンスアーティスト)
第10回 杉田俊介(文芸批評家/介護労働者)
第11階 堀江敏幸(作家)
第12回 佐々木敦(批評家)

以下、「大谷能生朝顔観察日記」より

七月十四日(金) 旧暦 6/19 甲辰(木の兄)

セッション用の仕込みを仕上げてから渋谷へ。「大谷能生フランス革命」もこの日で最終回だが、いつもとあまり変わらず淡々と終了した。お疲れさまでした。しかし終了後、めずらしくエラく緊張していたことを指摘されて、自分でも気が付いたが、それぞれ速度とか論理とか、含まれている可能性がかなり異なっている、書き言葉と朗読と、あと音楽と、それに対話における言葉とかっていうもののあいだに入って、さまざまな磁力を捉え損なわないように感じ方を変えながら喋るっていうのは、やはり大変だったのだろう。異なっている(と思われている)ものの間に立って、異なっていると考えることが出来るっていう事態そのものに向かうこと。宇田川町の遊歩道でみんなで軽く飲んで帰宅。しばらく休んで、多分来年ぐらいから、今度はゲストを全員女性で揃えて、<大谷能生の『女たちのフランス革命』>をやりたいと思ってます。「いやいや、まだ世界は半分残ってるぞ。女という世界がな!」(シェイクスピア)<ウソ。我こそは!という女子の自薦受け付けてます。

汝が胸の谷間の汗や巴里祭(憲吉)
待ちわびし書の来らずやパリー祭(百合子)
パリ祭黒髪長くまぎれゐむ(素子)
巴里祭のカンカン帽の売子達(皐一)
巴里祭行事の句、以外と多い。

―――

< 革命最終回記念! 「大谷能生フランス革命」 アオリ文言集 >

Vol.1:

菊地成孔氏との共著やラジオ番組での共演などで知られる音楽評論家/ミュージシャンの大谷能生が、2005年のいま、何故か渋谷でフランス革命を起こそうとしている。近年、続々と都内各所で発酵をはじめた若く、無名で、才能ある芸術家たちを毎回ゲストに迎え、パフォーマンスとレクチャーによって歴史の曲がり角(例:フランス革命)と「現在」を直結させる試みをはじめます。第一回目のゲストは映画監督の冨永昌敬。8月から上映される氏の新作と古典フィルムをテクストにしながら、映像を束にすることで産まれる力のそれぞれを、パンがなければケーキを食べればいいのに、分析していきます。もし仏革命時代に動く映像メディアがあったら?きっと映画は今のようなかたちの文法を持つことはなかったでしょう。二〇〇年間を毎秒二十四コマの速度で切開&切断します。(2005.7.28)

Vol.2:

老人介護の問題など、さまざまな危機を迎えている現在。我々の目の前にまたふたたび、歴史の大きな切断面(例:フランス革命)が口を開けようとしている。近年、続々と都内各所で発酵をはじめた若く、無名で、才能のある芸術家をゲストに迎えてパフォーマンスとレクチャーをおこなう『大谷能生フランス革命』。第一回目は映画監督の冨永昌敬氏をお迎えして先日無事終了いたしました。革命が無事終了ってどういうこと? ふざけんな! 「勇気が、さらに勇気が、常に勇気が必要なのだ」(ダントン)。ゲストはネットワーカーのばるぼら氏です。「歴史を語ること/まとめること」の魅惑と恐怖について。(2005.9.19)

Vol.3

何が悪かったって、やっぱ一国社会主義でしょ。あと暗殺(トロツキー)。冷戦構造が崩壊した現在、すでに忘れられた出来事(例:フランス革命)がまた再び息を吹きかえしている。『大谷能生フランス革命』第三回目のゲストは劇作家・演出家の岡田利規さん(チェルフィッチュ)です。宮藤官九郎と共に第49回岸田國士戯曲賞を受賞し俄然注目を集める岡田氏が新作のパフォーマンスと共に登場。見逃すな。禁止する事を禁止する!(2005.10.23)

Vol.4

菊地成孔氏との共著やラジオ番組での共演などで知られる音楽評論家が2005年の今、何故か渋谷のフランスで、ではなく、渋谷でフランス革命を(定期的に)起こそうとしている。そして今回、各回ゲストを招いて行われているこの集会にスタディストの岸野雄一氏が登場する。共にミュージシャンでありながら音楽の批評に携る両者の濃密な対談にご期待を。注:フランス革命は、音楽批評家・大谷能生が各回ゲストを招いて行われているトークイベントです。(2005.11.19)

Vol.5

(不明。書かなかったのかな? ゲストは志人temple ats./ 降神)。開催日は2005.12.22)

Vol.6

渋谷のど真ん中で繰り広げられているフランス革命とは。音楽批評家であり音楽家である大谷能生が各回ゲストを招き、各所に息づく新しいクリエーション或いはリクリエーション或いはムーブメントを紹介するトークイベントです。今回のゲストは音楽家宇波拓ONJOの新作『OUT TO LUNCH!』でも不穏な物音を奏でていた彼の死霊のコンピューター。音楽のポルターガイストとは?(2006.2.19)

Vol.7:

21世紀のフランス革命は日曜夜の渋谷で。音楽家/音楽評論家の大谷能生が主催するこのイベントでは、ジャンルを問わず「今、面白い作家」を各回のゲストに招き、作家当人との対談(或はコラボレーション)を通して我々の現状における可能性を探りながら、可能ならばその場で実践する。今回のゲストは世界のビート・プロフェッサーRIOW ARAIさんです。革命同志は常に募集中。(2006.3.19)

Vol.8:

このイベントは音楽評論家にして自身も音楽家である大谷能生が注目する「作家」を各回ゲストに招き、トークセッションと、時にはゲストとのコラボレーションを通して、我々が生きる現在とクリエーションの現在形を強く認識しようとする試み。今回のゲストは『凹村戦争』『土曜日の実験室 詩と批評とあと何か』等の作品で知られる1974年生まれの漫画家、西島大介さんです。集え、革命同志。(2006.4.6)

Vol.9:

大谷能生フランス革命」も何時の間にかもう9回目。一桁台の最後と云うことで、今回はもともと無かった帰路を断ちます。ゲストは狩生建志、小川てつオ、(音がバンド名)。現在日本で絶賛発酵中である、まだ名も無い表現主義的芸術運動に携るこの3アーティストが一挙に出演。彼らのパフォーマンスを目撃し、その可能性の本質を検証します。師もなく係累もない。ノー・エデュケイション、ノー・エンプロイの状態をトレーニングしながら、現在を生き延びること。(2006.5.20)

Vol.10:

楽家/音楽評論家の大谷能生が注目する人物を、対談やパフォーマンスの実演(時には共演も)を通して積極的に紹介していく試み、それがフランス革命。今回は、批評誌『エフェメーレ』の主宰者にして『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)の著者として知られる杉田俊介氏をゲストに招いての開催です。集え、革命同志。(2006.6.11)

Vol.11

さらば、同志よ。批評家/ミュージシャンの大谷能生が挑む、21世紀の夜の渋谷のフランス革命は、今回二〇〇六年七月十四日(革命記念日)をもって、薔薇を残して一旦地下に潜ります。最後のゲストは『河岸忘日抄』(読売文学賞)、『おぱらばん』(三島由紀夫賞)などの著者である小説家、仏文学者、明治大学教授の堀江敏幸氏をお招きします。言葉の中に流れる時間と音楽について、朗読と演奏と対話の三時間。歴史のオン・ザ・コーナーを見逃すな。(2006.7.14)

これから少しずつ読んでいこうと思う。