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No Mask No Life?

10月28日のA級順位戦で、マスクを長時間外していた規定違反行為により反則負けとなった佐藤天彦九段が、11月1日、将棋連盟常務会に不服を申し立てた。

申立書の全文が佐藤九段のTwitterで公開されているので読んだ。

非常に論点が明確な文書で、明らかに弁護士の手が入っていると思われた。

反則負けのわずか三日後にこれほどきちんとした対応が取れるのは流石元名人であり、一流の証左である。

申立書で挙げられている論点は多岐にわたるが、手短にまとめると

(1)規定の解釈の誤り

本件臨時対局規定は故意による違反を制限する規定であり、過失による違反を含まないと解釈されるべき。

故意か過失かは、不着用を指摘して従わないかどうかで判断すればよい。

本件は故意によるものではないにもかかわらず処分したことは解釈の誤りである。

(2)処分が相当性を欠く(懲戒権の濫用)

マスク不着用による反則負けという処分は、失うものの大きさと違反行為の内容とのバランスを著しく欠いており、裁量を逸脱し無効

(3)規定そのものに問題がある

ア 基準が不明確で公平性が担保されていない

不着用が一時的なものか、正当な理由の有無、故意の有無などの評価を判断する基準がない。

判断権者は立会人がいない場合は理事になるが、対局者と師弟関係にあったり同じ棋戦で争っている者となる可能性があり、判断の恣意性が疑われる。

イ 本来の目的との乖離が生じている

感染防止が目的なのに、対局相手に着用を促さない方が得であるというインセンティブが働く結果、感染拡大のリスクを生む

ウ 改廃基準が示されていない

政府の方針に従って見直し適用期限を定めるなどすべき

以上の理由から、

1 反則負け判定の取消し

2 対局のやり直し

3 規定の適用基準の明確化、ルールの修正

4 規定の改廃時期・条件の明確化

を求めている。

 

連盟はこれに先立つ10月31日に、以下の見解を公表している。

日頃より将棋文化の普及・発展にご理解とご協力をいただきまして、誠にありがとうございます。

先週28日(金)の順位戦A級4回戦、永瀬拓矢王座対佐藤天彦九段戦における佐藤九段の反則負けの裁定について、その経緯と詳細をご報告申し上げます。

同対局においては、佐藤九段が約30分にわたるマスクの未着用を2回行ったことから、中継映像を確認の上で弊社団役員間にて協議を行い、臨時対局規定第3条に基づいて佐藤九段の反則負けと裁定致しました。該当する条項は以下のとおりです。

(臨時対局規定抜粋)

第1条

対局者は、対局中は、一時的な場合を除き、マスク(原則として不織布)を着用しなければならない。但(ただ)し、健康上やむを得ない理由があり、かつ、予(あらかじ)め届け出て、常務会の承認を得た場合は、この限りではない。

第3条

対局者が第1条の規定に反したときは、対局規定第3章第8条冒頭各号の違反行為に準じる反則負けとする。

第4条

前条の反則負けの判定は立会人が行い、立会人がいない対局においては、対局規定第3章第9条第4項の順序に従い、立会人の任を代行するものが行う。この判定に不服がある対局者は、対局規定第3章第8条第6項に準じて、判定後1週間以内に、その内容を常務会に提訴することができる。

同規定は本年2月1日から施行しており、弊社団に所属し、公式戦に出場する棋士女流棋士に事前通知し、第1条のマスクを外す「一時的な場合」として、

 ●食事をしているとき

 ●飲み物を飲むとき

 ●周りに人がいない(2m以上離れている)とき

等を想定しており、その他のケースについては対局規定第1章第2項に基づいて常務会の判断となる旨を併せて通知しておりました。

同規定を設けた経緯としましては、新型コロナウイルスが蔓延(まんえん)する中、至近距離で盤を挟む対局において、マスク未着用の対局相手からの感染リスクに不安を覚え、対局への集中が削(そ)がれると感じる棋士の声が多数上がっていたこと、また対局者がマスク未着用で感染者となった場合、濃厚接触者認定によって記録係を務める奨励会員が奨励会で対局する機会を奪われかねないこと等を考慮し、常務会にて慎重に審議の上で理事会の決定を踏まえて施行に至ったものです。

施行後は通常総会棋士女流棋士向けの定例報告会において「一時的な場合」の適用範囲を含めた運用説明や規定の周知に努め、棋士女流棋士とのコミュニケーションをしっかり行ってきました。

今回の永瀬王座対佐藤九段戦においては上記基準に基づいた裁定を行いましたが、一方で、裁定者となる立会人を対局現場に当日設けていなかったことから、対局が深夜に及ぶ中、状況の把握と意思決定に時間を要し、機動的な対応を逸したことは否めません。

現在、順位戦対局においては、対局数が多い日(主にB級1組、B級2組、C級1組、C級2組)には立会人を設けておりますが、すべての対局で常駐化しているわけではありません。

つきましては、今後は対局現場での迅速かつ適正な対応と、より健全な対局環境を確保する狙いから、以下の2点を改善する所存です。

 ●夕食休憩を含む長時間の対局においては、すべての棋戦で立会人を設ける

 ●立会人は原則として、師弟関係並びに対局において直接的な利害関係を要しない棋士の中から選定する

 最後に、昨今の社会情勢を鑑みた場合、対局中のマスク着用義務の有無については議論があるところ、所属する棋士女流棋士には、高い公共性を求められる公益法人として政府の方針・基準に則(のっと)った対応をする旨を定例報告会の場で示しております。今後につきましても、コロナ禍の最新状況を見極めつつ、同規定の改善や改廃について適切に判断して参ります。

 将棋愛好家の皆様におかれましては、楽しみにされていた順位戦対局の結果報告がこのような形となり誠に心苦しい限りですが、今後も佳境を迎える順位戦対局に引き続きご注目くださいますよう謹んでお願い申し上げます。

(太字は引用者による)

この件については、現役棋士の中からもTwitterで声を上げる人が何人もいて、おおむね「バランスを欠いた処分」であるとの佐藤九段の意見に賛同する声が多いようだ。

多くの棋士にとって、この規定は一種の紳士協定のようなもので、まさか本当に反則負けが適用されるとは思っていなかったというのが本音ではないか。そしてこの規定に則って反則負けを主張するのは、ジャッジキルのような行為でありフェアではないと考える人もいる。

半世紀近く将棋界を眺めてきた身としては、5年前のソフト不正疑惑事件でもそうだが、かつての時代には考えられなかったような事態に直面して将棋連盟が運営に戸惑っている様子が伝わってくる。

勝負師の世界だけに、棋士集団をまとめていく苦労は大変なものがあると思う。それでもかつてに比べれば優等生的な棋士が圧倒的に多くなった。大山・升田の時代や、中原・米長の時代(ざっくり昭和の時代)には、コンプライアンスなどという概念とは無縁な、今では考えられない行為がまかり通っていたように思う。

今回の出来事は、昔風のやり方なら、きちんと立会人をつけて再勝負するのが本筋であろう。それは永瀬王座に負担を強いるものだという見方もあるが、このままでは「規定を利用して勝った卑怯な奴」という一部からの(不当な)非難を背負ったままとなり、今後の棋士人生にとってよくないのではないかと思う。

永瀬王座も、再勝負の申し入れを拒むような小さな男ではなかろう。彼は、千日手を何回繰り返すことも厭わない棋士だ。一方で、勝ちにとことんこだわる棋士ともいえるので、せっかくの一勝を手放すことは断固拒否するかもしれない。

何か問題が起こるたびに、大山名人(会長)ならどうしたか、とよく考えるのだが、きっと規定を作る時点で、「こういう規定を作ると勝負に利用する人がでてくる」と考えて、反則負けという罰則は設けなかったのではないかという気がする。

真の勝負師の神髄は、人間を見る眼の冷徹な確かさでもあると思うのだ。