INSTANT KARMA

We All Shine On

Deathです

固有の死に向かって先駆しつつ自由であることは、偶然に押し寄せてくる諸可能性へと自らを失うことから解放してくれる。その結果として、追い越し得ない(死という)可能性の前に横たわっている現実の諸可能性がはじめて本来的に理解され、また選択されるのである。

存在と時間』264頁 高井ゆと里訳

 

When, by anticipation, one becomes free for one's own death, one is liberated from one's lostness in those possibilities which may accidentally thrust themselves upon one ; and one is liberated in such a way that for the first time one can authentically understand and choose among the factical possibilities lying ahead of that possibility which is not to be outstripped.

 

 

あらゆる死 

ヘルマン・ヘッセ

尾崎喜八 訳)

 

私はすでにありとあらゆる死を死んだ。 

これからもまた一切の死を死ぬだろう。 

樹木の中に木の死を、 

山の中に石の死を、 

砂の中に土の死を、 

鳴りそよぐ夏草の中に草の葉の死を、 

そして哀れな、血に染んだ人間の死を死ぬだろう。 

 

花となって私はふたたび生まれるだろう。 

木となり草となってふたたび生まれ、 

魚となり鹿となり、小鳥となり蝶となって生まれるだろう。 

そしてどんな物の姿からも 

あこがれが私を駆り立てて、 

最後の苦悩、人間の苦悩へと 

一段は一段と追い上げるだろう。 

 

おお、顫(ふる)えながら張られた弓よ、 

もしもあこがれの狂暴なこぶしが 

相対峙(あいたいじ)する生の両極を 

双方から押したわめようと欲したら! 

これからもしばしば、また幾たびか、 

お前は形成の苦悩にみちた道を、 

形成の燦さんたる道を、 

死から誕生へと私を駆り立てることだろう。