INSTANT KARMA

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Hurting Dreams

昨夜CSフジテレビで放送された『のん監督主演~夢が傷むから~MV ドキュメンタリー』を見た。

又吉直樹のエッセイ集『東京百景』の「池尻大橋の小さな部屋」という作品にインスパイアされたというのん作詞・ひぐちけい作曲の『夢が傷むから』という楽曲のMVの監督・主演・編集を務めた制作過程に密着した50分のドキュメンタリー。
のんは又吉の若い頃の役を演じている。恋人役に元BiSHの加藤千尋

 

いきなり「私が好きなものを伝えたいと思う気持ちは〈計算〉じゃない」と力説する、のん監督のアップ映像で始まる。

それまで見せたことのないような、決然とした表情で内心を語る姿が新鮮だった。

それ以外にも、ロケの予定日前日に雪となり、監督・社長として100万円の出費覚悟で延期を決断する様子や、撮影の後日に編集のためPCに向かう姿なども収められていた。

撮影現場での演者への指示や自らのバンド演奏時の演出なども、「Ribbon」の頃よりもさらに板についてきた感じ。

のんのファンのみならず、一人の傑出した表現者のリアルタイムの制作活動を目撃することに興味のある全ての人に必見の内容と言えた。

前事務所から独立し「のん」に改名してからの能年玲奈は、本当に気持ちの良いほどまっすぐに「やりたいこと」を貫き続けていて、「世の中そんなに甘くないぜよ」と腕を組んでみているような底意地の悪い連中が舌を巻くような驚くべき活動ぶりを見せてきた。

同情すべき立場にある彼女を助けたいと願う人たちによるサポートや、大物たちを味方につける人間性の魅力といったものだけでは説明のつかない、何かマジカルなものがそこにはある。

 

2013年にNHKの朝の連ドラの主役として伝説的な演技を見せた彼女を見たときには、天性の大物女優が出現した、と疑わなかった。だが、彼女はたんに「来た役を引き受け、演じる」という女優という枠には到底収まりきらない存在であるということが次第に明らかになってきた。

ベースとなる女優活動、モデルとしての活動に加え、自らの主体的表現としての音楽活動、美術方面の活動、そして映画監督、MV製作、さらにはそれらの最終責任者としての事務所社長の活動などを精力的にこなしている姿を見るにつけ、

彼女の中にはマグマのような抑えきれない表現欲求が渦巻いていて、何が何でもそれを現実化せずには済ませぬ、という強固な意志が宿っているのだとしか思えない。

それが又吉直樹がインタビューで語っていた内面の「静かな炎」というやつだろう。

 

又吉は彼女の「得体の知れなさ」にもインタビューで言及していた。彼は〈のん〉のつかみどころのなさ、本当の所で何を考えているのか分からない、得体の知れない感じを文学者としての鋭い感受性で感じ取っている。

彼女の多彩な表現活動の動機はたんなる自己顕示欲とは違う。

彼女が「計算」という言葉で否定するのは、言い換えれば「小賢しい大人の知恵」ということだろう。彼女にとって表現とは、子どもがその衝動のままにイケナイことをしてしまうような、無邪気で解放的な戯れに他ならない。

次に何をしでかすか予想がつかない「ワルイちゃん」や「疳の虫」こそが彼女の「静かな炎」の正体なのではないか。

のんが撮影した『夢が傷むから』のMVには、又吉直樹の「池尻大橋の小さな部屋」が内包するような鬱屈した苦悩は存在しない。

それでも「夢」は「傷んでいる」のだ。それは文学臭のない痛みであり、全力で走る子どもが転んで擦りむいた傷のような痛みだ。

そして、のんは痛み(傷み)を否定的なものとは捉えていない。それは「輝く夢を掴む」ために必要な犠牲なのだ。