INSTANT KARMA

We All Shine On

愛がうまく

「トランプがFBI長官を解任した直後に、皇室に『ご婚約へ』という報道があったのは偶然じゃない」とか、難しい表情で言いながら、悪友はオフィスでスマホを弄っている。

アメリカでこの報道はとんでもないprizeがあって、ニュース番組は一日中この件について報道しているのに、日本では驚くほど報道が少ない。偶然の筈がないよ…なあ、そう思わないか?」

彼のスターバックスのコーヒーは、少し冷めてるけど、普通に美味そうだ。恋をしている僕には、彼は、「今、自分は恋をしていませんよ」と、必死のアピールをしているようにしか見えない。

トランプが、世界を悪い方向に向けて舵を切って、奇跡的にそれを反対方向に切り直してくれたとしても、彼女からのメールは来ないままだ。

もう40代も半ばを過ぎたというのに、僕の心理的な最重要事は、大きな世界ではなく、一番小さな世界に向けられている。

そして、知っている。無駄なことを山ほど――そう、恋は、帰っては来ない。

「もう一度やり直した恋」というのは、原理的には存在しない。距離を取ることで改善された恋も。 惰性で延命しながら、僕らは、いくつかの、余りに愚かすぎる提案を頭の中に並べては苦しむ。まるで、間違った薬でも飲んでしまった患者のように。

曰く、「いっそのこと嫌いになれたら」。曰く、「そもそも出会わなければよかった」。曰く、「彼奴(あいつ)にさえ抱かれていなければ、まだ許せるのに」。

うんざりしながら残りのケーキを食べているような甘い拷問の時間に、ソウル・ミュージックが届く。突然、そしてゆっくりと。 その歌詞は、地上でもっとも賢い動植物の水準ではなく、馬鹿げた人類の中でも、とりわけ愚かしい、間違った薬でも飲んでしまった患者に向けて書かれている。

可処分所得を全て疑似恋愛に注ぎ込み、神のいない世界で、お布施というものを科学的にそして実践的に捉えなおして生きる現代の賢者たちに比べると、偶然流れてきたソウル・ミュージックによって、彼女からのメールがないことが、素敵なことにでも変わる魔法をかけられて、暫くの間恍惚とする者たちは、愚か者の中の王様だ。

特定の国家、特に隣国を生理的に嫌悪する人々でさえ、僕の愚かさに比べれば可愛いものだ。そう、国交は帰ってくる。もう一度やり直した貿易や、国民感情は、原理的にいくらでもある。戦争したことで改善された国交も。――しかし恋は、帰っては来ない。

もう一度やり直した恋、というのは、原理的にはない。距離を取ることで改善された恋も。惰性で延命しながら、僕らは、いくつかの、余りに愚かすぎる提案を頭の中に並べては苦しむ。まるで、間違った薬でも飲んでしまった患者のように。

曰く、「いっそのこと嫌いになれたら」。曰く、「そもそも出会わなければよかった」。曰く、「彼奴(あいつ)にさえ抱かれていなければ、まだ許せたのに」。

それが証拠に、つまり、二つのことの証拠に、という意味になるけど、こういうことだ。

だって、韓国語で書かれた、今夜最初の曲の歌詞は、こういうものなんだから。

僕らは奴の、幾分冷めてしまったけれど、まだまだ美味そうなスターバックスのコーヒーをかっぱらって飲みながら、いつの間にか流れてくるソウル・ミュージックが、僕らにかける魔法によって、何度でも恋をするしかない。

 

「最初に言っとくけど、私、絶対に謝らないからね。もう何も言うことない。・・・で? 貴方は後悔しないの? 何も関心ないじゃん。友達が何よ。 You Know What To Do ? 何をしたか分かってんの? もう疲れた。今日は止めよう。手を放して。これ以上繰り返したくない。これ以上繰り返すのは嫌なの。また全部私が悪い、多分そう。私、貴方を恨んでるみたい。愛が上手くいかない。いい頃を思い出してみても、身体をくっつけてみても、キスしても、全然思い通りにいかない。笑い話みたいだよ。振り返ってみても、お互い知らずに責め合っても、今はもう、二人は、もう一度、愛みたいなことって、できるの?」

「5回目のゴメンっていう言葉。たった今、君からウンザリされたのかも。なんか最後の日みたいな予感がする。 You Know What To Do ? 何をしたか分かってんの? 今日、一日中その予感がしてて、夕方には、どうしたらいいか分からなくなってた。でも君を見たら、何度も、君の中に自分が見えた。そんな自分が嫌だ。愛が上手くいかない。いい頃を思い出してみても、身体をくっつけてみても、キスしても、全然思い通りにいかない。笑い話みたいだよ。振り返ってみても、お互い知らずに責め合っても、今はもう、二人は、もう一度、愛みたいなことって、できるの?」

「もしもし、今どこ?」

「そっちは?」

「家だよ」

「俺、タクシーの中」

「もう着いたの?」

「・・・ごめんね。」

「え? 何が? どうして?」

「いや、あの、なんか、全部。」

「・・・じゃあね」

「あ、財布。そこに、忘れてきちゃった。」

「いや、あのね・・・まあいいや。」

「何? 言ってよ。」

「何か、もう、全然好きじゃないみたい。」

愛が上手くいかない。いい頃を思い出してみても、身体をくっつけてみても、キスしても、全然思い通りにいかない。笑い話みたいだよ。振り返ってみても、お互い知らずに責め合っても、今はもう、二人は、もう一度、愛みたいなことって、できるの?

菊地成孔の粋な夜電波」より書き起こし