ジョンとポールがチームを組んだことが、どれだけ世界のためになったのかということは何度も何十度も考えてみるべきだろう。1970年に別れてしまったけれど、あれだけの作品を残してくれたということには感謝しなければならない。
もしジョンとポールが組んでいなかったら、『ラバー・ソウル』も『リヴォルヴァー』も『サージェント・ペッパーズ』も『アビイ・ロード』もなかったことになる。
世界はまったく違うものになっていただろう。
そんな世界で、僕はここまで生きていただろうか。とっくに、死んでいると思う。
ビートルズの「最後の曲」だという「ナウ・アンド・ゼン」を聴いて、松村雄策がいたら、どんな文章を書くだろうか、とぼんやり考えたが、まったく何も浮かばない。
松村雄策は2022年3月に亡くなったから、1980年12月8に死んだジョン・レノンと今は同じ場所にいて、「ジョン、『ビートルズの最後の曲』が出たみたいだけど、どう?」なんて二人で向こうで笑い合っている情景しか浮かばなかった。
そう、ジョン・レノンも、松村雄策も、今はこの世にはいないのだ。
それを引き受けたうえで、今、生きているぼくが、この曲を聞いてどう思うのかということにしか意味はない。
生きているポールとリンゴ、ジョージの妻オリヴィア、ジョンの息子ショーンは、公式コメントを寄せている(オノ・ヨーコのコメントは見ていない)。
ちなみに、ヨーコには「THEN & NOW」というドキュメンタリー作品がある。
この中でポールは、ジョンの死後にヨーコに電話をかけ、彼女を誤解していたかもしれない、と言ったら、ヨーコから「お情けは不要です」と言われたというようなことを語っている。
「NOW AND THEN」の元になったデモ・テープは、1994年にヨーコがポールに渡したものだという。
ビートルズの「新曲」として「アンソロジー」に収録された「フリー・アズ・ア・バード」と「リアル・ラブ」もその中に入っていて、3曲目の候補がこれだったが、音質の問題などからジョージがあまり乗り気でなかったという。
それが、AIの技術により問題などがクリアされて今回日の目を見たということで、AIのことが話題になっている。
しかし今回のことで一番重要なのは、ポールが「これが最後のビートルズの新曲」だと明言したことだと思う。
ずっと現役バリバリで、いつまでも生ける伝説そのものように見えたポールが、ビートルズの歴史と同時に、自分の人生にも一区切りつけたように思える。
その最後の曲として、これ以上にふさわしいものはなかったのだろう。
I know it’s true
It’s all because of you
And if I make it through
It’s all because of you
本当のことなんだ
全部君のおかげなんだ
もしぼくがやり遂げられたとしたら
それは全部君がいたからなんだ
ジョンのデモテープから歌詞の一部が除かれて、残った歌詞は、純粋な感謝とねぎらいの言葉だけになっている。
最初に聴いたときに感じたように、これは、今のポールのジョンに対する気持ちに思える。
ジョンが、こういう純粋な感謝とねぎらいの言葉を歌うようになったのは、「ウーマン」なんかはそうだが、ほとんど晩年になってからだ。
ジョンは、ずっと孤独の人だった。辛い時には自分の殻に閉じこもり(「ゼアズ・ア・プレイス」)、「僕の樹には誰もいない」(「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」)と歌う人だった。
それが、ヨーコと出会って、ヨーコの中に恋人と母と女性の謎と神秘性の何もかもを投影するようになって、やっと心の落ち着き場所を見出したように思えた。
だから、歌を私小説的にしか作らなかったジョンにとって、この曲の「きみ」はヨーコのことでしかありえない。
ヨーコから受け取ったテープでこの曲を聞いたポールも当然そう思っただろう。
曲自体も、はっきり言えば地味な作品である。どことなく70年代の歌謡曲のような香りさえするメロディーに、シンプル極まりない、凡庸ともいえる歌詞が載っているだけの、あのビートルズの宝石のような数々の名曲とは比べようもない水準と言わざるを得ない。
それでもこの曲を「最後のビートルズの曲」にする必要があったのだ、というのがポールの決断だった。
そう、この曲はポールのジョンに対する極私的メッセージなのだ。
ジョンがヨーコに書いたメッセージをポールがジョンにそのまま手渡したことで、ビートルズという物語の輪が閉じられたのである。
Now and then
I miss you
Oh, now and then
I want you to be there for me
時に
君が恋しくなる
ああ、時に
僕の元にいてほしくなる
I know it’s trueIt’s all because of you
And if I make it through
It’s all because of you
本当のことなんだ
全部君のおかげなんだ
もしぼくがやり遂げられたとしたら
それは全部君がいたからなんだ
1957年7月6日に二人が出会ってから始まった、ビートルズという長い物語が、2023年11月2日に終わった。
この69年間が、「ロックの時代」として人類の音楽史に刻まれることになるだろう。