INSTANT KARMA

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Instamatic Karma

ジョン・レノン ロスト・ウィークエンド Instamatic Karma』(メイ・パン、 河出書房新社、2008年)

この本も絶版のようで、古本屋では高値で取引されている。ジョン・レノンの本ですら書店で買えないようでは、出版業界の衰退もやむを得ない。

メイ・パン(May Pang)は中国系米国人で、ジョンとヨーコが別居した1973年からおよそ1年半(いわゆる「失われた週末」)をジョンと共に過ごした女性として知られる。

この時期のことについては彼女自身による大著が出ているらしいが、邦訳は存在しないようだ。昨年(2022年)、ドキュメンタリー作品も制作・公開されている。

この本は、写真集(メイ・パン自身が撮影したもの)に彼女のエッセイがいくつか添えられているだけの比較的薄めの大型本だが、写真が貴重なものばかりなのと、第一級証言によるものなので資料的価値は高い。

この本のアマゾン・レビューが的確なので引用する(太字は引用者による)。

1973年秋から75年初頭にかけ、ジョン・レノンオノ・ヨーコと別居生活を送った、いわゆる「失われた週末」。その時期をジョンとともに暮らした中国系アメリカ人女性の著者が、多数の未公開写真とともに当時の思い出を綴った本だ。

文章は写真の合間に挟まれている程度で分量も少ないので、あっという間に読み終わる。基本は写真集である。

「失われた週末」といえば、従来の評伝などでは、「ジョンが愛するヨーコと仲違いしたことでうちひしがれ、酒に溺れて無為に暮らした日々」として扱われている。本書は、そうしたイメージをくつがえす内容だ。

ジョンがこの時期酒に溺れぎみだったのはたしかだが、彼はメイ・パンと楽しく暮らしていたようだし(古女房と別居して若い愛人と暮らしていたのだから、楽しくないはずがない……なんて言ったら怒られるか)、音楽活動の面でも充実した日々を送っていた。『心の壁、愛の橋』や『ロックン・ロール』も、この時期に生み出されたアルバムなのである。

何より、本書に掲載された多数のオフショットに見るジョンの自然な笑顔が、「失われた週末」が不幸な日々ではなかったことを雄弁に物語っている。

そもそも、本書の「はじめに」で明かされているが、「失われた週末」期にメイ・パンとジョンをくっつけたのは、ほかならぬヨーコ自身なのである。

ヨーコは、レノン夫妻のアシスタントとして働いていたメイ・パンに対して、「ジョンは誰かほかの人と一緒に暮らすことになるだろう、その相手は『ジョンをうまく扱うことのできる人』であってほしい」と言い、「あなたがジョンと一緒になるといいと思うの」と言ったのだという(!)。

本書の随所に登場するメイ・パンの写真を見ると、美人ではないしキュートでもない。そして、タイプとしてはやはりオノ・ヨーコを少女っぽくしたような感じだ。メイ・パンはヨーコにとって、「安心して夫にあてがうことのできる愛人」であったということか。

まあ、そういう舞台裏のドロドロはともかく、本書は秘蔵エピソード満載で興趣尽きないし、写真集としてもなかなかよい。

とくに強い印象を残すのは、ジョンのもとに、当時10歳だった息子のジュリアン・レノンが遊びにきたときの写真。ジュリアンの写真は多数掲載されており、本書のもう1人の主役といってよいのだが、その表情はなんとも愛らしく、しかも寂しげなのだ。

前妻シンシアとの間に生まれたジュリアンが、生前のジョンと過ごすことのできた日々はごくわずかだった。数少ない父子の交流の一つが、本書には刻みつけられているのである。

結局再びヨーコの指令によりメイはジョンと別れさせられるのだが、その直後に会ったジョンの様子を見て別人のような変わりように「まるで洗脳されたようだった」と言っている。

読んだばかりのシンシア・レノンの自伝と併せて、ヨーコという女の恐ろしさに背筋が寒くなる思いがした。

ぼくはオノ・ヨーコという芸術家の活動についてはかなり肯定的に評価しているつもりだが、やはり一筋縄では到底いかない底知れなさのある人物である。