INSTANT KARMA

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ハッピーマンデー

鳥居みゆき企画・構成・主演による初DVDであり、芸人人生の今後を占う渾身の作品だけに、感想も本気で書く。

※ネタバレを含むので、これから見る人は読まない方がいいです。

目玉コンテンツの一人芝居コントは、DVDを買うほどの人ならほとんど見たことのあるものばかりだろう。 他にネタがないのか、わざとネット動画で流通しているネタと被せたのかは分からないが、どれも完成度は高く、オフィシャルな形できちんと作品として残しておきたかったという気持ちは分かる。

「コックリさん」

西葛西のサイゼリアで「高橋くん」との恋の行方を占おうと、一人「こっくりさん」をする女。いつの間にか恋の対象が「こっくりさん」自身に代わり、告白するが断られる。そこで・・・

鳥居みゆきのネタにはどれも「他者とのコミュニケーション不全」というテーマが背後にあって、この芝居ではそれが直接的に表現されている。 友だちが欲しくて「こっくりさん」に語りかける女、という設定自体が、病的なものを感じさせる。同時にそれは、閉じた自己の世界の中で繰り返される仮想的他者(自己)との対話という、きわめて普遍的かつ哲学的な構図でもある。 「こっくりさん」は「他者」ではない。女は、現実の「他者」である「吉田さん」の中に「こっくりさん」の幻影を見て、勘違いと分かった途端に対話を拒絶する。 出口のない自己との対話は、結局永遠にループするしかない。 しかし、それを観察し、笑い飛ばすことの中に、束の間の救いがある。 それが鳥居みゆきの「笑い」の持つ一つの意味だ。

「妄想妊婦」

妊娠したお腹をさすりながら様々な妄想に耽る女。暴れているうちにお腹が破裂してしまい、「処女」に戻る。

鳥居みゆきが歌うのを聞くのが好きだ。特に中島みゆきを歌う鳥居みゆきはゾクゾクするほど素敵だ。彼女の魅力の一つである「歌声」が聞けるのは、DVDではこのコントだけだ。といっても最初の方だけだが。 このコントは、妊婦をテーマにしている。しかし、そこに「母」の視点はまったくない。あくまでも「処女(おとめ)」の目から見た妊婦が描かれている。意識的にせよ無意識的にせよ、そこには胎児という「他者」を許容できない「未熟な女」に対する鳥居の自嘲的な目線があるように思う。

「ひきこもり」

上司と同僚OLの結婚式を滅茶苦茶にしてやろうと、ウエディングケーキの中に隠れる女。恨み節中心の独白でカオスになるが、実はタンスの中で一人妄想していた「ひきこもり女」だったというオチ。

このコントは過去のお笑いライブDVDの中で映像化されている。そのときのメガネOLルックも良かったが、今回はタイトルで既に「ひきこもり」の妄想であることを明らかにしている分、マサコ寄りの演技になっている。オチをあまり重視しない鳥居のコントの中で、これには秀逸なオチがついているだけに、このタイトルには疑問が残らないでもない。

「米のよしだ」

亭主の浮気を察知して嫉妬に狂う米屋の女主人。勝手に勘ぐって暴走したものの、やがて誤解は解けるが・・・。

実存的なテーマが影をひそめる代わりに、言語野を刺激する鳥居の言語感覚の秀逸さが前面に出ている。繰り返し聴くと、ついつい口ずさんでしまいたくなるほどテンポが良い。

水子供養

ボツになったネタを成仏させるというコント。無限のバリエーションが可能な作りになっているが、今回は赤軍ネタ紙芝居「赤ずきんちゃん」をモザイクとピー音つきで披露。

今回のDVDで一番残念な部分がここ。おそらく最初はそのまま収録するつもりだったのだが、どこかの段階でストップが入ったと思われる。コアなファンならモザイクの中身が何か分かるだろうが、このDVDでしか鳥居みゆきに接しない人には何のことか分からない。あるいは見る者の想像力を掻き立てるために意図的に隠したのだろうか。 それ以外の部分はパーフェクト。 さらに、コントをつなぐ形で、「鳥居みゆきへの100の質問」「24時間監視」「ポエムリーディング」などのコーナーが挟まっている。

鳥居みゆきへの100の質問」

インタビュー形式の問答は鳥居みゆきのひとつのネタ披露の形として確立された感がある。一問一答は、対話とは異なり、一方的かつ断続的であり、コミュニケーション能力は必要とされないから、鳥居のキャラクターにはピッタリはまる。今回は精神科医による問診という設定。 興味深かったのは、何箇所か『一人ごっつ』の「写真で一言」のような問答を取り入れたところ。「ペッサリー」には笑った。

「24時間監視」

閉鎖病棟の患者(鳥居)をカメラで監視するという設定。ネタ(コント)にしっかりしたものを並べたから、こういうコーナーでバランスを取ったのだろう。今の鳥居の世界を表現する上では欠かせない映像だが、正直何度も見返すようなものでもない。

「ポエム」

ハッピーターン」「季節」「佐々岡さんのばか」の三篇の詩を朗読。 いわゆる芸術表現としてのポエムリーティングのパロディのようにも思える。DVD全体の印象を統一的なものにすることに役立っている。シュールでナンセンスな詩をシリアスに、ロマンチックに、そこはかとなく不気味に詠み上げる鳥居。ところどころ彼女独特の潜在的中毒性のあるフレーズが埋め込まれている。

全体を通しての印象

正味の製作期間は相当に短かったと思われるが、映像、内容、構成とも非常に完成度が高い。力作にして怪作。現時点の鳥居みゆきの世界観を過不足なく伝えている。すべてのネタに初見で接したら、異常な衝撃を受けるに違いない。27歳でこれだけの作品を発表した芸人は過去にいないのではないだろうか? 7月の単独ライブはこれらの作品の発表の場になるのだろうか。できれば、メディアへの過剰な露出は控えて、新ネタの創作にじっくり取り組んでほしい。 鳥居みゆきの芸人人生は、まだスタート地点についたばかりだ。 ・・・だから、まだ死ぬなよ。